dulcis 《かわいい》
#☆青峰誕☆の拍手ログです。
#青黄ちゃん、歳の差パロディ



夏の暑い暑い昼下がり。
1日で一番暑い時間。

俺と火神は凶悪な直射日光がギラギラと照りつけるストバスのコートに、並んで正座させられている。
頭も、つーか体全てが日光に焼かれて痛い。それより、突いている膝が火傷しそうだ。
神妙な顔で(またの名をぐったりと)うなだれる俺たちの前には、少しサイズの大きな麦わら帽子を被った小さな影が落ちている。

何処で覚えたのか腰に両手を当てて仁王立ちに立つのは、先々月で5歳になった俺の小さな幼なじみだ。

「わかってるっスか?おれはおこってるっス!」

ぷっと小さく膨らませた頬はこの暑さで赤くなり、その首筋には汗が流れている。
真っ白い綺麗な肌に黄色いサラサラの髪、琥珀色というよりも甘い蜂蜜みたいな色の瞳。少し人見知りな所があるけど、一度あった人間の顔を驚くほど覚えていて二度目に会ったときにはふわりと笑って挨拶する。その、笑顔といったら…華のようと言えばいいのか、まさに天使みたいで周りの空気までキラキラと輝いて見えるのだ。でもこの幼なじみの最強の武器はその愛くるしい笑顔じゃない。そのとろけそうな目に涙を溜めてじっとこちらを見上げてくる顔は、もはや凶器だ。それによってこれまで撃ち抜かれた心臓は、両方の手だけでは足りたいほどだろう。しかも最近はそれに、キュッと唇を僅かに噛み締めるという芸当が加わった…俺はいつか、本当に心臓が止まると思う。それほどに威力抜群なことを、本人は無自覚だから困るのだ…いや、この歳で自覚してやられたら、それはそれで困るのだが。
家が隣同士。ただそれだけなのに「あおみねっち、あおみねっち」と呼んで付いてくる姿は髪の毛の色も相まってまさにヒヨコみたいだ。可愛い。

とにかく。その最強天使な幼なじみは今現在、たいそうご立腹であらせられる。
理由は…。

「ひどいっす!一緒に冷やし中華、食べる約束だったのに!」
「「すみません…」」
「許さないっす!」

近所の商店街にある中華レストラン。そこでは夏の間だけランチに冷やし中華を出す。何でもない普通の冷やし中華なのだが、味がいいのかすごい人気なのだ。余りの人気ぶりに何時からなのか1日限定100食になり、そのプレミア感が更に人気を呼んでしまい、平日はサラリーマン、休日は家族連れが並ぶのだ。

俺も、そして高校のチームメイトであり自他共に認めるライバルである火神もこの冷やし中華のファンなのだが、今目の前でご立腹であらせられる小さな幼なじみが去年初めて食べて以来、大好きなオニオングラタンスープに勝るとも劣らない大好物になったのだ。

そして今日。
珍しく部活が休みの俺は、一緒にその冷やし中華を食べに行こうと昨日約束したのだ。ランチが始まるのが11時だから、じゃあ10時半に行って一番に食べようぜといつものように拳を合わせて約束の証にした。

ところが。10時に小さな幼なじみの家に出向けば、幼なじみはリビングのソファーですやすやと夢の国の住人になっていた。母親に聞けば、昨日は随分遅くまで目が冴えて眠れなかったらしい…お前、どれだけ冷やし中華が楽しみなんだよ。
気持ち良さそうに眠る口元は綻び、心なしかむにゃむにゃと動いている。
まさか夢の中で既に食べているのか?

そんな幸せそうな寝顔を見せられ、起こすのも忍びない。ギリギリまで待とうかと思った所にピコンと鳴ったのだ、俺のスマホが。
「ストバスしねーか?」という火神からのラインに、俺はつい時間潰しに最適だと、そう思ってしまったのだ。


現在、午後1時半。
限定100食の冷やし中華は、当然のようにもうないだろうことが予想される。
故に、この小さな幼なじみはとても、とてもご立腹であらせられるのだ。


「楽しみに…してたのに…」
ついに恐れていた事態に突入したことに気付いたのだと、隣で火神が体を強張らせたことで知る。
「ま、待て!悪かった!次は絶対!絶対に食べに連れてってやるから!」
「そうだぜ、約束する!あっ、今日の晩飯、冷やし中華にしてくれるようにママにお願いしてやるからさ!」
「おぉ、そうだな!俺も頼んでやる!な?ちゃんと食べれるぜ?」
火神のアイデアに全力で乗っかる。何としても最強にして最大の凶器を食らうわけにはいかない。もし食らえば今日辺り、ついに心臓が止まる気がしてならない。

「……違うんしゅもん」

ママに頼んでやるからと必死に妥協案を提示する俺たちに聞こえた小さな声は、震えていた。
「今日じゃなきゃ、だめなんしゅもん…あおみねっちといっしょじゃなきゃ、だめなんしゅもん…」
「涼太?」
「あおみねっちと、今日っ、ひやしちゅーか食べなきゃだめなんしゅ…」
震える声でそこまで言うと、遂に幼なじみは声を上げて泣き出してしまった。
「お、おいっ」
慌てて抱き締め、ギュッと胸に抱っこしてやる。すると幼なじみは小さな手でギュッと服を掴み抱きつきながら尚も泣き続けている。
「涼太、泣くなよ。な?冷やし中華、一緒に食べてやるから」
「ちがうっしゅ…ちがうんしゅ…」
何かを必死に言葉にしようとしているが、込み上げる涙にはばまれ声にならないらしい。優しくゆっくりと背中を撫でてやる。

抱っこしたまま、取り敢えず火神も一緒に家へと向かう。道すがら、ぐずぐずと泣いていた声がだんだん小さくなり、泣き疲れた幼なじみはギュッと服を掴んだまま眠ってしまった。

「……あのよ、さっきの言葉なんだけど」
起こさないように小さな声で火神が話しかけてきた。
「あれ、今日が何の日か知ってんじゃないのか?だから、今日じゃなきゃ駄目だって泣き出した…違うか?」
「あ?…今日がどうしたんだよ?」
「お前……忘れてんのかよ?」
訳が分からず怪訝そうに返した言葉にあからさまに目を見開きながら哀れみが籠もった声を出された。

「だから、何だってんだよ………あ?今日って…あ、今日は8月31日か」

家へと向かっていた足がいつの間にか止まってしまっているのに気付かないまま、ポツリと呟いた俺に、火神は優しく笑って幼なじみの髪をサラサラと撫でた。

「だからだろ。冷やし中華も、今日じゃなきゃ駄目なのも」

6月だった幼なじみの誕生日。その日、プレゼントのバスケットボールとバッシュとともに俺が用意したのは、火神の家での誕生日パーティだった。
まだたった5歳なのに「恐縮」なんてことをするいじらしい幼なじみに、俺は言ったのだ。
「誕生日は、好きな奴と好きなものを食べる日なのだ」と。
この小さな幼なじみはそれをちゃんと覚えていて、昨日俺が明日休みだからどこか行きたい所はないか?と聞いた時に冷やし中華と言ったのだろう。去年、「めちゃくちゃ美味いから食べに行くぞ。俺のイチオシなんだ」と言ったことまで、ちゃんと覚えていて。


ギュッと抱き締める腕に力を込める。
小さくて、子供特有の少し高い体温が愛しくて胸が痛いほどだ。

「火神…」
「わかってるよ。冷やし中華、だろ?」
「おう」

ポンッと肩を叩いて歩きだした火神の足の向かう先が、幼なじみの家から火神の部屋へと変わったことに、今やぐっすり寝ている幼なじみは気付くことはないだろう。
- 12 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ