sanare 《治す》
#もなか さんリクエスト
「喧嘩もするけど、最後にはラブラブな同棲のお話」
#「futurum《未来》」シリーズと同じ時間軸ですが、単体でも大丈夫です。




その温もりに触れた途端
その香りに包まれた途端
頭の中で沸き返っていたはずの
凄い泡のようなものがゆっくりと静まっていくのがわかる。

俺にとってお前との生活は
そういうことの連続だ。


「sanare」



「どうして、ちゃんとゴミ捨てしてくれなかったんスか?!夏場なのに不衛生じゃないっスか!」
「仕方ねーだろ、昨日の練習キツくて起きれなかったんだからよ」
日付がかわる頃に帰ってくるなり、黄瀬はただいまを言うよりも先に心底嫌そうな顔で、ソファーで月バスを読んでいた俺にキツい声で言いつのった。
黄瀬は昨日から一泊の泊まりがけの撮影で軽井沢に行っていて、夕方には帰るから晩ご飯は家で食べると言っていたから黄瀬の分も作っていたのに。出来上がる直前に予定が延びて遅くなるとメールが入ったから、余った野菜炒めは冷蔵庫に入れてある。
「仕方なくないっス!もう…最低だよ」
「んだよ、そこまで言うことねーだろ!俺だって練習キツくて疲れてんだよ。お前だって、昨日やるっつってた洗い物、置きっぱだったじゃねーか!」
「あれは、急に仕事の集合時間が早まったって連絡が入って…」
「何だよ言い訳かよ」
「自分だって言い訳ばっかりじゃないスか!」
「あぁ?!」
黄瀬の言葉に持っていた雑誌を閉じバンッとテーブルに叩きつけた。
ああ言えばこう言う不満の応酬に、最初は自分だって悪かったなとか、こいつも仕事終わりで疲れてんだなとか思っていたはずなのに…気付けばついつい声が荒くなる。
「……もういいっス!」
不満そうに俺を睨んでいた黄瀬はキュッと唇を噛み締めると、踵を返して風呂場へと行ってしまった。しばらくするとシャワーを浴びる音が微かにし始めた。


黄瀬と一緒に暮らし始めて、2ヶ月が過ぎた。
大学2年の5月。初めて行ったドライブデートで、ずっと考えていたことを思い切って言ってみた。一緒に暮らさないか、と。本当は違う大学への進学が決まった時に言いたかったが、まだまだ親の援助がなければ暮らしていけない身の上だ。一時期では考えられないほど本格的にバスケに打ち込んでいる今は、バイトをする余裕もない。黄瀬はモデルの仕事に軸足を置いたから金銭的には大丈夫なのかもしれないけど、恋人として男として、全部を相手に払わせるのは何かが違う気がして。結局いい答えも浮かばず言いだせないまま、俺たちはお互いの大学近くにそれぞれ一人暮らしをすることになった。

新しい環境。
新しい人間関係。
新しい日常。

俺は全国でも厳しいことが有名な今の大学の練習でいっぱいいっぱいで、黄瀬も体力は自信があっただろうけど活動の幅を広げたことで今までにないことのが続き精神的にすり減っていく毎日だった。

高1のWCの後、少しギスギスしたものだった俺たちの関係が昔のように…いや、昔よりも近い距離になってから、朝と夜、どちらからともなく電話をするようにしていたけど。お互いがバスケに一生懸命だった頃は、それでもなんとなく時間が合っていて電話もまだしやすかった。でも大学に入って俺がバスケ、黄瀬がモデルと打ち込むものが違うものに変わると、生活サイクルが完全にズレてしまいメールならまだしも容易に電話も出来なくなった。
だから、意を決してずっと考えていた言葉を口にした。このまま、あの頃のようにギスギスしてしまうのは嫌だったから。

そこからは思っていたよりもトントン拍子に話は進んだ。親には取り敢えずルームシェアと言って話を通し、黄瀬が見付けた2人の大学の中間地点に位置するマンションへと梅雨の最中に引っ越してきた。

中2で付き合い始めてから6年。紆余曲折はあったし、会えない時もいっぱいあった。親の手前、それぞれ自室があるしベッドも2つある。でもわざとセミダブルにした黄瀬のベッドで毎日寝ているし、何より俺たちは恋人同士だ。これは同居じゃなくて同棲だと、引っ越し初日にお互い真っ赤な顔で「これからよろしく」と言った時に噛み締めるように実感した。
いざ一緒に暮らしてみると、色んなことがまるで違くて最初は照れ臭さと驚きの連続だった。朝、今日は何時に帰って来るのかを確認する時、「あぁ、ここが俺とこいつの"帰ってくる場所"なんだな」と思ってしまい照れ臭さに襲われたり。いつも綺麗好きで部屋着までお洒落なものを選んでいたこいつが、風呂上がりは暑いからと言っていつまでもパン1でいることに妙に驚いたり。

誰かと一緒に暮らすということが、こんなにも楽しいなんて思わなかった。毎日が発見と愛しさの連続で、一緒にいればいるだけ黄瀬を好きになっていくみたいだった。


そう、最初はそうだったのだ。

2週間が過ぎて少しずつ慣れ始めると、少しずつ不満も頭をもたげ始める。
小さなことが目に止まり、イライラし、しまいにはそんな小さなことでと思うほど何でもないことで、こうして喧嘩になってしまう。俺だって悪かったのに。黄瀬だって疲れるのに。つい言い方がキツくなり声が荒くなってしまう。

こういう時別々に住んでいたなら、一度それぞれの家に帰って頭を冷やすことも出来たのに。少し時間を置けば怒りも引き、メールでも電話でもしてまた元通りなのに。
ずっと同じ家にいる今の状況では、それも出来ない。何せ、イライラをぶつける相手が目の前にいてしまうのだから。

あいつの全てを引き受けて支えてやりたいし、俺の全てを受けとめて貰えるならどんなに幸せかと思う。
捌け口でも八つ当たりでも構わない。重要なのは、ちゃんと仲直りすることの方だ。



俺は深い息を吐き出すと立ち上がり腕と裾を捲ってから浴室のドアを開いた。
中では黄瀬が、不貞腐れたような顔で目を伏せて浴槽の淵にもたれかかりながらお湯に浸かっていた。俺が来ても目も向けないのは、こいつも気まずさと後悔に胸を痛めている証拠だ。

こいつお気に入りのシャンプーを手に泡立て、ゆっくりと黄色い髪を洗っていく。いつもはサラサラと指通りよく流れる髪は、仕事終わりだからなのかワックスやらムースやらでゴワゴワしていた。何だか今の俺たちの気持ちみたいだと思ったら、洗う指が更にゆっくりになった。

一緒に暮らして、一番驚いたのは、予想以上にこいつが忙しいということだった。モデルとして雑誌の撮影やCM、あまり多くはないがテレビまでこなし、更にその合間に大学へ行き課題をこなす。泊まり掛けの仕事も月に何度もあるし、帰ってきてもレポートだったり肌や体のメンテナンスだったりでほとんど寝る暇がない状況だ。
今だからこそ分かる。今までこいつが、いかに俺のために時間を作ってくれていたのかということが。急な仕事で予定がどたキャンになったり、やっと会えたと思えばめちゃくちゃ疲れた顔で即寝したり。それにいつも怒ったり呆れたりしていたけど、本当は違うんだな。お前はいつでも一生懸命、俺との時間を作ってくれていたんだな。


シャンプーから漂う優しいアクアマリンの香りに、ぐらぐらと沸き立っていた頭の中の泡が静まっていくのを感じていた。
「……流すぞ」
静かに声をかけてからぬるめのシャワーで泡を丁寧に洗い流す。同じ香りのトリートメントを馴染ませてからまた声をかけて流すと、ゴワゴワしていた黄色い髪に素直さが戻ってきた。


「……ごめん、なさい。青峰っち、俺…」
まだうつむいたまま、ポタポタと頭から滴を滴らせながら黄瀬は小さく呟いた。聞こえるか聞こえないかの小さな声だったけど、浴室だから小さい声でもよく響くんだ。

「黄瀬。お前だけが悪いんじゃねーだろ。俺も悪かった……ごめんな」
今更意地を張って取り繕っても仕方ない、ストレートな言葉で言うとふるふると黄色い髪が揺れた。
「なぁ、黄瀬。喧嘩は別に悪いことじゃねーからな。お前だって仕事で色々あったりして、何かに八つ当たりしたい時だってあるだろ?そういうの、俺にぶつけていいから」
「で、でも…」
「大丈夫、そんなんで嫌いになんかならねーから」
ガバッと顔を上げて不安げな目を向ける黄瀬に、きっぱりとした口調で言い切ってやる。
それでも不安に揺れる目を見つめながら頭を撫でてやると、優しいアクアマリンの香りがふわりと立ち上った。
「喧嘩も八つ当たりも同棲の醍醐味だろ、誰よりも一番近くにいるんだから。大丈夫だから、どんどんしろよ。俺もすっから。その代わり…その度にこうして仲直りしようぜ?な?」
「青峰っちぃ…」
黄瀬はモデルなんて名乗れないほどくしゃりと顔を歪ませ、ばしゃんと音をたてて抱き付いてきた。服が濡れるのも構わずギュッと抱き締めると、さっきよりも濃い香りが俺を包んだ。
「ごめ、っ…俺…」
「もういいっつーの。それより腹減ってねーの?晩飯は?」
「ちっちゃいパンとクラッカーくらいなら…」
「は?んなの足んねーだろ、腹が減ってるからイライラするんだよ。お前の分の晩飯あるから、はやく上がって食えよ」
「……作ってて、くれたんスか?」
「期待するなよ、ただの野菜炒めだよ」
俺の言葉にやっと顔を上げた黄瀬は、お腹空いたっスとふにゃりと笑った。



擦れ違って、喧嘩して、怒って、泣いて、仲直りして。
一緒にご飯を食べて、一緒にテレビを見て、一緒に寝て、一緒に起きて。


やっぱりお前と過ごす毎日は、愛しさと幸せで満ちているよ。

そんな日々だから、俺は痺れるような安心感に今日も包まれている。



end....

→青黄
同棲はじめました。

sanare
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