fasti 《カレンダー》
#大学生設定



ぽっかり予定が空いた、6月の晴れた日。

青峰っちにデートに誘われた。

この日は、午前中に大学で授業を受けて、午後から雑誌の撮影の予定だった。それが、カメラマンさんの都合で突然延期の連絡が来たのが昨日。幸い他の日にスケジュールを切ることができたけど、あまりに突然の延期で、午後からぽっかりと空いてしまったのだ。
それを青峰っちにメールで愚痴ったら、その2時間後、思いがけないメールが来たのだ。デートに行くぞ。と。

そして俺は今、大学の裏門の前に立っているのだが…目の前の光景に、固まってしまっている。


「おい、何やってんだよ…さっさと乗れよ!黄瀬!」
そこには、車の運転席の窓から顔を覗かせた青峰っちがいた。
「……な、なっ?!」
「あぁ?」
「な、なん…何で?!」
「何が…」
「何がじゃなくて!何で車、運転してんスか?!」
やっと地面に縫い止められたみたいになっていた足が動いてくれたので、車に駆け寄る。ボディがピカピカに磨かれた黒い車体が、青峰っちによく似合ってる。
「だから、デート」
「は?」
「だーかーらー!デートだから、お迎えに来たんだよ」
そう言って、青峰っちはニヤリと笑った。

ドキドキで震える指で助手席のドアを開けて、青峰っちの隣に乗り込む。
チラリと横目に見るとハンドルを握る横顔が見えて、また心臓がうるさく跳ねた。


青峰っちが車の免許を取ったなんて、知らなかった。


高校は離れてしまったから、大学は一緒がいい。なんて言ったのは俺だけど、青峰っちも同じ気持ちだったんだと思っている。
でも、現実はそうも言ってられない。

青峰っちは、山のように舞い込んだスカウトの中から、完全実力主義、でもプレイスタイルはチームプレイ重視という、一時期では考えられないほど真面目に選んで進学先を決めた。

俺は俺で、高校ではほとんど休業状態だったモデル業に本格的に取り組もうと、レポートや試験などを頑張れば授業への出席に関してかなり寛大な大学へと進学した。

同じ都内にはなったけど、距離は高校時代とあまり変わらない。
むしろ、お互い本気で打ち込むものが、同じバスケから、バスケとモデルに変化して1年と少し。一緒にいられる時間は目に見えて減っていた。新しい環境に苦労しながらも、朝晩の電話を欠かしたことはないけど。それも、あまりに生活サイクルが違うとすれ違い気味になりつつあった。



車は、思ったよりもスイスイと駆け抜けていく。
もう少ししたら梅雨入りの発表があってもおかしくないような天気が、ここ何日か続いていたけど。今日はぐずつくこともなく、薄い雲の切れ間からは綺麗な水色の空が覗いている。

もう一度だけ、チラリと横を覗き見る。


真っ直ぐ前を向いてハンドルを握る姿は、まるで映画やCMみたいに絵になる。

大学に入って、さらに本気になってバスケに打ち込み始めた青峰っちは、会うたびに体付きが変わっていく。元々綺麗な骨格に、均等でしなやかな筋肉がついて、がっしりと引き締まっている。新しい環境のせいなのか、顔つきも男らしく精悍になった。

ついつい凝視していたのか、俺の視線に気付いた青峰っちと目が合う。
分かりにくいけど照れ臭そうに耳を染めてフイッと顔を逸らす、その少し幼い仕草は中学の時から変わらない。愛しくて、俺が大好きな仕草だ。

「んなに見るなよ。事故ったら不味いだろ」
「……はいっス」

少しだけ緊張が解けた気がしてそう応えたけど、やっぱりチラチラと見てしまう。青峰っちの耳が、更に赤みを増した気がしたのは、気のせいじゃないと思う。


車を走らせること、1時間。

真っ直ぐ、迷うことなくたどり着いたのは。


まるでシンデレラに出てくるお城を模したような外観をした


ラブホテルだった。



唖然としている俺を後にして、青峰っちは部屋をさっさと決めて、指定の場所に車を止めた。
しかも、ご丁寧にも後部座席には飲み物やらお菓子ならが入った袋があって、それを掴むとたった一言「行くぞ」と言って、さっさと部屋へと入って行ってしまった。

ハッとして慌てて追いかける。
何なんだよ、コレ。
俺のドキドキを返して欲しい。


メルヘンチックなそのラブホは、童話をモチーフに各部屋をレイアウトしている。らしい。
青峰っちが選んだ部屋は人魚姫がモチーフになっている部屋だった。結構凝った作りで、壁紙は海の中をイメージしていたし、浴槽はプールとまではいかないがかなりの広さだった。


……そんなことに興味をもてるほど、今の俺は心穏やかじゃないけど。



「い、いったい…何なんスか…」
「あぁ?何が…」
俺をデートに誘った張本人は、さっさとソファーで寛ぎながら持ち込んだコーラを飲んでいる。
俺の中で、何かがブチブチと切れた。
「だから!いったいコレ!何なんスか?!何でラブホ?何でドライブ?何で車?久しぶりに会えたのに…訳わかんないっスよ!俺のドキドキを返して欲しいっス!」
突っ立ったまま思うままに怒鳴ってしまった。まぁ、場所が場所だから、どれだけ大きな声を出しても大丈夫なんだけど。
「……へぇ、ドキドキしたんだ?」
真っ直ぐ睨みながら全力で怒鳴ったはずなのに、青峰っちは目を少し見開いてから楽しそうにニヤリと笑ったきた。
「う、うっさい!デートだって言うから、すげー悩んでお洒落してきたのに!いきなり車で現われるとか…卑怯っス!大学の合格発表の時よりドキドキしたのに、着いたらラブホ?この…アホ峰っち!エロ魔神!変態!」
「はいはい、わかったから」
気持ちがぐるぐると頭の中を回り始めてしまい、ぎゃんぎゃんと子供じみた単語を喚く俺を青峰っちはギュッと抱き締め、優しく唇にキスしてきた。
その顔は慈しむように優しくて、深い群青色の2つの瞳が今にも泣きそうな俺の顔を映していた。

「免許、やっと先月取ったんだよ。驚いた?」
「……知らなかったっス」
「黙ってたからな。でも車は親のやつだけど」
「……何で…黙ってたんスか?」
「んなの、驚かせたかったからに決まってんだろ。ついでに、車でデートの迎えに行くってやってみたかったし」

どこのトレンディドラマだよ。

確実に真っ赤になっているであろう顔を、青峰っちの肩に埋める。


「じゃあ、何で?何で…行き先がラブホなんスか?普通、ドライブっていったら…海とか展望台とか」
「それは…お前とまともに会うの、2ヶ月ぶりなんだぞ?だから、その…」
ゴニョゴニョと口の中で何か言っている青峰っちの顔を、チラリと上目に見つめる。その顔が、浅黒い肌でも分かるほどに真っ赤になっていて、俺は思わず吹き出してしまった。

「なっ、笑うんじゃねーよ!黄瀬!」
「だ、だって…ふふっ、青峰っち、可愛い…」
「あぁ?!ごらぁ、可愛いわけねーだろ!」
「可愛いっスよ、真っ赤になってて…」
「黄瀬ー!」
いつまでも笑いがおさまらない俺に、青峰っちは悔しそうな顔で睨むとガバッと抱き上げベッドに押し倒してきた。
「いつまでも笑ってんじゃねーよ!犯すぞ?!」
「最初から、そのつもりでしょ?」
真っ赤な顔で凄んでみせても、全然怖くない。それどころか、完全に笑いのツボに入ってしまった俺は、押し倒されても睨まれても止まらなくて。苦しくて息を切らせながら笑い続けた。
「……いい根性だな、黄瀬」
あまりにも笑いが止まらない俺に青峰っちはついに額に青筋を何本も立てながら片方の口角を上げて笑うと、ゆっくり唇を重ねると深く甘いキスをした。




「なぁ……いっそのこと、一緒に暮らさないか」

久しぶりに触れ合う肌を何度も味わい、怠い体を青峰っちの腕に預けて少し汗が引いてしっとりした肌に擦り寄る。糊のきいたシーツは散々乱れてしまったけど、火照る体を静かに包み込んでいた。

ぽつりと漏れた呟きを、俺は青峰っちの胸の中で聞いていた。

「なぁ、一緒に…」
「それ…本気っスか?」

俺が返事をしないから、聞こえていないと思ったのか、もう一度言おうとする声を思わず遮って問い掛ける。心臓が、今にも壊れてしまいそうだ。

「当たり前だろ、冗談で、んなこと言わねーよ」
「一緒に…俺と?」
「あ?お前以外の誰と住むんだよ」
俺を抱き締める腕に、力がこもる。


ずっと一緒にいようと、言葉にしたことはあった。
でも。
具体的に将来のことを話したことはなかった。
約束とか、未来とか、そういうのはずっと先の話だと思っていた。

そして。
男同士の俺たちに、そんなに簡単に未来があるなんてことを信じられるほど、子供でもなくなっていた。
だからこそ怖かったのだ、約束をするのが。だからこそ怖かったのだ、未来を口にするのが。


俺の目から零れた雫を、優しく唇を落として吸い取ってくれる。
この温かな人と、未来の話がしたい。明日のことも、1年後のことも、ずっとずっと先の未来のことも。


「青峰っち……青峰っち…」
「…ん?」
「俺も…一緒に暮らしたいっス」
「ん、決まりだな」
そう言って、青峰っちはふわりと優しいキスをくれた。
「でも…何でラブホで言うんすか?今の、何か…プロポーズみたいだったのに…」
「プロポ……バカっ。ちげーだろ、プロポーズはもっと先だ。そん時はちゃんとレストランでも、夜景が見える展望台でも連れてってやっから」
「……っス」
「今日は…デートだろ、普通の。お前、どっか出掛けるとすぐに囲まれちまうじゃん。別にそれは仕方ねーと思うけど…お前、最近忙しくて疲れるみたいだし。どっか、ゆっくりできる場所のが…いいかと思って…」
「青峰っち…」
いつも、出掛ける先々でファンの女の子たちに囲まれてしまう。それを嘆いたことはないけど、そんな風に思っていたなんて知らなかった。

また零れてしまった雫を、青峰っちはやっぱり優しく吸い取ってくれた。



何でもないはずの今日が

あんたにかかると、全て特別になっていく。

俺のカレンダーが
あんたとの特別で埋まっていく。



end.....


→青黄
大学2年生の設定です。

ラブロマンス→ラブコメ→やっぱりラブロマンス。
うちの青黄ちゃんは、やっぱりアダルトな雰囲気になりがちです。


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