maria aprica 1 《日差しの海》
#青黄 パロディ
黄瀬くんに女装の表現があります。苦手な方はご遠慮ください。


世界のひずんだささくれが、俺の心を引っ掻いて汚した。
だから俺も
見知らぬ誰かを傷付けた。

この世界は輝いているように見えて。
その光は、ほんの一部分にしか届かない。


「maria aprica」



俺がカメラマンをつとめるRyokoの初めての撮影は、一枚もシャッターを切ることなく終わった。
その結果をテツが赤司に報告しても、降板ということにはならなかった。あいつはたぶん、最初からこうなることを分かっていた気がする…あいつは昔からそうだったから。


その代わりなのか、当て付けなのか。次のRyokoの撮影が行われる2ヶ月後までの間、赤司はこれでもかという量の仕事を回してきた。
企業広告やホームページ、自治体や公官庁のイベントや宣伝などに使う、全て風景の写真を、依頼通りの場所でひたすら撮りまくる。…嫌がらせも、ここまでくればいっそ清々しい。

今日は沖縄。明日は長野の山奥。次の日は飛行機でシンガポール…。

移動に移動が続くスケジュールに、流石に体力が尽きそうだ。

その移動中も、寝れるわけじゃない。先刻撮った数百枚の写真の中から候補になりうるものを選び、光度や色彩を多少調整してからリスト化し、赤司の右腕で同じく腐れ縁な関係である緑間にメールで送り付ける。
そこまでやって、やっと一つの仕事が終わる…それを赤司は隙間なく詰め込んでくれたわけだ、ギュギュッと今日まで。



やっとスケジュールが空欄になったのは、Ryokoの撮影の3日前だった。
今日から休んで、撮影に備えろという、赤司の無言の指示が読み取れる。


愛用しているカメラバックとスーツケースを引き摺りながら自宅につくと、ベッドに倒れこんだ。
時間はまだ夜の8時。
つい数時間前にロスから帰ってきた体は極限まで疲れていて、足も指も鉛のようだ。目蓋も、史上最高に重くて、空腹に腹が煩いけど俺は無視して目を閉じることにした。

3日後の撮影まで、スケジュールはないんだ。好きなだけ寝てから、何か食べに行こう。


そう、思ったのに。

気付いた時には、俺はぼんやりと明るい笑顔でポーズをとる、黄色い髪の人物を思い出していた。


どうして。あいつの写真を撮ることが、出来ないんだろう。

確かに俺は、人物は撮らないと決めていた。
でも、ファインダーを覗いて、対象の内側を全く捕えることが出来ないという経験は初めてだった。

人間は、多かれ少なかれなにがしかの感情を持ってる。それは喜びや幸福、安堵なんていうプラスの感情だけじゃない。悲しみ、憎しみ、怒り…マイナスの感情ももちろんある。
ファインダーを覗くと、例え片鱗だけでも、それを捕えることが出来た。感情を捕えて、その欠片を写真に焼き付ける。俺はその作業が好きで、カメラマンになった。

いいことばかりじゃない。綺麗なことばかりじゃない。
もう人物は撮らないと誓ったけど、それでもやっぱり…一瞬の欠片を焼き付ける写真からは離れられなかった。

それなのに、どうしてRyokoのことは何も掴めないんだ。



「……だぁぁ!くそっ!」
俺は思い切り叫んでガバッと起き上がった。
死ぬほど体が疲れているのに、全く眠れる気配がない。きっと腹が減ってるからだ。3日後の撮影が心配なわけでも、Ryokoのことが気になるからでもない。

財布とスマホだけポケットに入れ、一番使い込んで既に俺の体の一部のようになっている一眼レフだけを持って部屋を出た。
何処かで何か食おう。そうすれば、きっと眠れる。ぐっすり眠れば…きっとシャッターだって普通に切れるだろ。
そう思わないと、さっきから目の裏にチラつく黄色い残像を、追い出せそうにない。



緑が濃くなり、太陽の季節に向けて準備を始めた街に、夜の闇が落ちていた。
ブラブラと夜の町を歩いて、ふと目についた地下にある読めない看板を掲げたバーに入った。かなり暗めの店内は、カウンター席と僅かなボックス席、ビリヤード台があり、落ち着いた音楽が流れている。


カウンターに座り、バーテンに取り敢えずバーボンと適当なつまみを頼む。
注文を受けたバーテンは、一瞬思わせ振りな視線を向けてから準備を始めた。

ゆったりした音楽を聞きながら酒を煽っていると、ふと絡み付くような視線を感じて壁ぎわのボックス席を睨む。そちらは更に暗がりになっていて、顔はおろか人数くらいしか分からない。でも、目を向けた途端さっきの視線はなくなった。…いったい、何なんだ。

店の自慢だという唐揚げとローストビーフは、そこそこ美味しい。
もう一杯頼もうかとグラスの酒を煽った所で、カタンと音がして俺の隣に誰かが座った。

いきなり隣に座るなんて、何処の誰だよっ。
さっきのわけの分からない視線にイライラしていた俺は、ギロリと隣を見て…その姿を見てギョッとした。
「なっ……お、お前…」
「あんた、何でここにいるんスか?」
「そ、れは…こっちの台詞だっ!Ryoko、お前…」
「ちょっ!この格好の時にその名前で呼ばないで欲しいっス!名字、黄瀬なんで、せめてそっちで呼んで下さい」
不機嫌とイライラを隠しもせずに言うとフイッと顔を逸らして持っていたグラスを空にした。シャンパンが入っていたらしい繊細なフォルムのグラスをバーテンに差出し、同じのと言いながらいったいどうしたのか更にイライラを増幅させた。

「……あんた、もう帰った方がいいっスよ。ここは、あんたが来ていい場所じゃないんスから」
一段声を落として、でもきっぱりした口調で言い、バーテンが出した新しいシャンパンを一気に飲み干した。

「はぁ?!てめ…何でてめーに、んなこと言われなきゃならねーんだよ!ふざけてんじゃねーよ!」
突然の言葉に怒鳴ると、黄瀬は綺麗な顔を歪めながら額に手を当て此方を睨んできた。
「うるさいっス!そういうガサツな人は、ここには場違いっス!あんたなんかと、一緒のお店にいたくないんスよ!」
「んだと、ごらぁぁ!てめーみたいな奴がいる店なんて、こっちから願い下げだ!」
突然の余りの言われように簡単にも頭に血が昇り、ポケットの財布から金を何枚か出すとダンッとカウンターに叩きつけて席を立った。
バーテンが慌てたようにお客様!と言うのを無視して店を出る。

最悪に苛つく奴だ。
Ryokoの時はあんなに清楚で明るくて、キラキラしていたのに。
男の時には、初対面では目も合わせず終始不機嫌全開。二回目は、同じ店にいたくないと追い出された。

何だ、あいつ?!
きっと今のあいつにカメラを向ければ、理不尽で我が儘なイライラが手に取るように写真に写せる気がする。そう、Ryokoと違って。

その理由も意味も考える余裕もなく、最高にイライラした気持ちで大股で階段を登り、闇が濃度を増しネオンが一段と綺羅めき始めた町を歩く。
どこか新しい所で飲みなおす気分にもなれず、目に止まったオレンジの看板の牛丼屋に入り、大盛を注文した。

大盛を3杯食べ、やっと少し気持ちが落ち着いた。
会計を済ませて外に出る。もう帰って寝てしまおう、最高に疲れてるからムカつくことに遭遇するんだ。
そう自分に言い聞かせながら歩きだした俺の目に、ほんの僅かに黄色が映り込んだ。


ビルとビルの隙間の、細い路地。
3、4人の人間が蠢いている中に、確かに一瞬黄色が見えたのだ。それがアイツだと分からなかったし、アイツだとしても俺には関係ねー。

無視を決め込み、通り過ぎようとした。
「やめっ…離せ…」
小さいけど、よく通る声は間違いなくさっき俺を店から追い出した声だった。

あー、くそ。
とことんついてねー。

そんな切羽詰まった声を聞いて無視出来る程、神経が図太かったらどんなに人生楽だっただろう…頭の片隅でそんな考えてもどうしようもないことを思いながら、路地へと足を踏み入れた。


to be continue....

→青黄

少し長くなってしまったので、前後編にしました。


maria aprica
ラテン語で「日差しの海」
- 9 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ