地球は百万回目の夢を見る






ぱちり――目を開ければ飛び込んでくる暗い無機質な天井。ゆっくりと手を持ち上げ数回握っては開いてを繰り返した。ベッド脇の時計を見れば午前0時を少し過ぎた辺りで、この体の本来の主であるアレルヤはぐっすり眠ってる。ブーツを履いて部屋を出た。


「まだ起きてんのか?」


人気の無いトレミーの通路を移動しながらぽつりと溢す。最も寝ていたところで、叩き起こせば問題ないのだけれど。


「………」


1ブロック隔てて向こう、5分と掛からずすぐに彼女の部屋が見えてきた。一瞬、インターホンを押すのを躊躇うが本当に一瞬だけのこと。短い電子音が響いた後に暗証番号を入れて中へ入った。



「こんばんは、ハレルヤ」



いや、むしろおはようかしら?背中越しにクスクス笑う声が聞こえる。やはり彼女…ルシアは室内の大型ディスプレイに向かって仕事をしていた。キーボードを叩いてた音が止まり、くるりと体をこちらに向ける。


「今日は少し遅かったわね」
「コイツがなかなか寝なかったんだよ」
「ふーん。コーヒーで良い?」


そう言って俺の返事も聞かずに、自分のマグカップを持って冷蔵庫の上にあるポットを取った。いつからだろうか…ルシアの部屋にマグカップが2つ並んだのは。湯気と独特の香りがゆるりと立ち上る白いマグカップを、黙って受け取る。コーヒーに結構な拘りを持つ彼女はイギリス出身だ。


「…コーヒーは暖かさと不思議な力と、心地良き苦痛を与えてくれる。余は無感よりも苦痛を好みたい――かの有名なナポレオン・ボナパルトが言ったコーヒーの格言。心地良き苦痛とはよく言った物よね」


確かにコーヒーの飲み過ぎから来る不眠は良いもの。オリジナルブレンドのそれを楽しみながら小さく笑う。エンジニアのルシアは時折少し難しい事を言うのがミソだった。


「目の下にクマが出来てんぞ…」
「丸2日徹夜だもの」
「おい、大丈夫なのか?」


隣に腰掛けるルシアの目元を、そっと指でなぞる。我ながららしくない手つきだ。ルシアは頬を寄せる。


「心配してくれるんだ」
「…ちげーよ」
「ふふ、やさしー」


そう抱き付いてくる彼女を拒めない。――ソレスタルビーイングで最初にオレの存在に気付いたのは、ルシアだった。


「あなた、誰?」
「へェ、アンタ分かるのか…」
「あなた…寂しいのね」



寂しいなんて、妙な事を言う女。展望室で初めて言葉を交わした時は、そう思った。けれど真っ直ぐなその青の瞳は俺を掴んで離さなくて。いつからかアレルヤを通して見るルシアを目で追うようになってた。彼女の部屋を訪れるのは夜中だけ。


「…ハレルヤの匂いがする」
「アレルヤと変わんねえだろ?」
「んー、少し違うかな?」


胸元に顔を押し付けて呟く。これは俺じゃなくてアレルヤの体だからルシアの言う事はいまいち分からない。そんなものなのだろうかと思いながら、彼女の好きにさせる。


「ま、ルシアは変人だもんな」


彼女は「天才」だ。それゆえに独特の思考回路を持ち、人には理解されにくい。


「あー、アレルヤとハレルヤが別々の人間だったら良かったのに」


背中に回された腕に力がこもる。寂しいのはどっちだろうか。俺だけにしか見せない、ルシアの甘えを拒むつもりはなかった。俺と彼女のこんな姿を見たらアレルヤは驚くに違いない。2人だけの夜の逢瀬はコーヒーのもたらす苦痛のように心地良い。


「そしたら独り占め出来るのにね」
「…俺は別に誰のモンにもならねえぞ」
「んふふ、いじわるね」


そんなハレルヤも好きよ――言ってルシアは笑った。しばらくそのままで居ると、少しずつ口数が減ってくる。見ればうとうと眠たそうにしていた。


「何だよ、ねみーのか?」
「ん…流石に3日徹夜は無理ね」
「あー、言ってたな」


本当はもう少し話してたいが、無理して体壊されても困る。ルシアはルシアで抱き付いたまま離れようとしないし。仕方なく彼女と一緒にベッドへ横になる事にした。埋もれたシーツから、微かにルシアの匂いがする。


「ハレルヤ、一緒に寝よ?」
「お前な、アレルヤどうすんだよ」
「良いんじゃない?面白そう」


目が覚めて慌ててるアレルヤを想像した。そしてそれを見て笑う彼女も。


「確かにな。でもアレルヤの奴と2人にするのは、ちっとばかし気に入らねえな」
「妬いてんの?かわいー」
「俺様を馬鹿にしてんのか?」


お優しいアレルヤなんかと違って、俺はきっと誰より欲深い。変人だと揶揄されるルシアの甘えたがりな素顔も、俺以外知らなくて良い。――でなければ俺はきっと。



「殺したくなるな」



ルシアの瞳も唇も指も髪の毛の一本まで、彼女の全ては俺のモノだ。


「…ハレルヤの匂いがする」
「意味分かんね」
「落ち着くってこと」


そう呟きもぞもぞ擦り寄ってくる。犬かテメエはと思いつつ、しかしふわりと香る匂いに安心する自分が居た。今まで自分以外の誰かに心を許した事など一度も無かったのに。寂しい?そうなのかもしれない。


「ハレルヤー、おやすみ」


俺の頬に唇を落とした。触れた場所からじわりと熱を持つ。間もなく寝息を立て始めたルシア。穏やかな寝顔と全身を包み込む温もりを離したくなくて、ぎゅっと抱き締めた。


地球は百万回目の夢を見る
(星の光を僕だけのものに出来たのなら)



―――――
椿さまリクエストのハレルヤ夢です。もう…何も言い訳しません。お待たせし過ぎて本当に申し訳ありませんでした!うう、ノミになりたい…。このリクエスト頂いたの一体いつか言ってみやがれ、コノヤロー!もうただ土下座土下座をするしか。

そしてこれ、ハレルヤか?ほのぼのか?何だか偽者ですいません。ハレルヤ…00の中では2番目に好きなキャラなのに。とにかく、リクエストありがとうございました!


(title:カカリア)
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