神の吐息に世界は陰る






「ほんっと、信じらんない!」


溜まりに溜まった苛立ちを吐き出すように声をあげながら、誰も居ないトレミーの通路を歩く。全ての事の発端は、どうしようもなく浮気性な我が恋人にあった。思い出すだけでも…あぁ、腹が立つ。


「何が"自分はフェミニスト"よ!詐欺師の間違いなんじゃない?!」


それはほんの数分前の話。


「ここをこうするだろ…ほら」
「わぁ、ありがとうございます!結構詳しいんですね、ライルは」
「分かんねぇ事は俺に聞いてくれよ」



ぐしゃり、思わず手に力が入って持っていた紙に皺が寄った。せっかく人が親切にケルディムの整備ログを届けに来たと言うのに、当の本人は最近トレミーに加わったアニューとよろしくしてる。こんな屈辱は今まで受けた事がない。私は自室に戻ってベッドにダイブした。…あぁ、ついでにケルディムの整備ログなんて捨ててやれ。


「…ライルの馬鹿」
『ルシアお帰り、ルシアお帰り!』
「わぁっ?!…って、ハロ」


不意に足元から声が聞こえる。明かりも付けず真っ暗な部屋で、目を凝らせば見える電子の瞳。


「何でハロがここに居るの?」


ころころと転がるオレンジの球体を膝に乗せた。表面を軽く撫でてやれば、嬉しそうにその瞳を点滅させる。それが何だか可愛らしくて、私はハロを抱き寄せたままベッドに身を沈ませた。


「お前の相棒はとんだ浮気者だね。いっそ相棒なんてやめよっか?」
『相棒ヤメル、相棒ヤメル!』
「おいおい、いくら何でもそりゃねえぜ」
「わぁっ?!」


ふざけてハロとそんな事を言ってたら、それに答える声がひとつ。びっくりして身を起こせば、開け放した部屋の入口にライルが立っていた。その飄々としたいつもと変わらない笑みにムッと顔を歪める。


「…何しに来たのよ」
「今更それを俺に言わせんのかい?」
「アニューに用があるんでしょ」


最近トレミーに入った新たな美人操舵士。そりゃ確かに同性の私から見てもアニューは綺麗で可愛いけど。


「恋人をほったらかしにして、ライルはアニューと仲良くお喋りですものねぇ」
「…見てたのか、ルシア?」
「随分と楽しそうだったじゃない?」


どうせならずっとアニューとお喋りでも何でもしてれば良い。…本当はライルが彼女の事を気にしているのは分かっていた。彼は双子の兄のニールが苦手で、それ故にニールを知る他のトレミーの古株クルーとも距離を取っていて。だからきっと彼は、ニールの事を何も知らないアニューに惹かれたのだ。

(なんか、悔しいなぁ…)

こんなにも貴方の傍に居るのに。


「……アンタってさ」
「なによ?」
「ほんとに、可愛いよな」
「………はぁ?」


何を言われるのかと思えば、この男は本当にふざけている。あからさまに顔を顰めた私に小さく肩を竦めると、背後から包み込むように私を抱き締めた。心が、揺れる。


「嫉妬してくれたんだろ?」
「っ!だ、誰がライルなんかに…」
「誤魔化すなって」


クツクツと喉の奥で笑う音が、耳元で聞こえた。本当は一発殴ってやりたいくらいなのに体は動かない。それどころか次第に顔は熱く火照りゆくばかりだった。


「俺とアニューは本当に何にもねェよ。少し仕事を助けてやっただけだ」
「……ほんと、に?」
「好きな女以外にこんな事しないぜ」


向き直り、強く抱き締めて。額に、頬に、ライルは唇を落とす。ただ彼が愛しくて――



「何か、ライルって狡い」
「言ってろ…愛してる、ルシア」



与えられたキスは静寂へと霧散した。


神の吐息に世界は陰る
(結局の所、私は彼が好きらしい)


「なぁルシア、返事は?」
「調子に乗るな!」


そう言って口角を上げ、ニィと笑みを浮かべるライル。嫌な予感しかしなくて、私は傍に転がっていたハロを投げ付けた。…ライルのせいでみんなに暴力女って言われるんだ。



―――――
藍那さまのリクエストのライル夢です。遅れに遅れて申し訳ありません!頂いた中には「ハロに慰められる」という、何とも萌えるシーンがあったのに…!活かしきれておらず本当にすいません。

リクエストありがとうございました。こんなので良ろしければ受け取って下さいませ!


(title:たとえば僕が)
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