世界は讃歌をやめない






「あ、これ懐かしい」
「一年の時の学祭の写真だな」


食後の穏やかなひと時。コーヒーとココアの入ったお揃いのマグカップがテーブルの上で湯気を立てる。そんな中で私とニールは昼間の戸棚整理で見付けたアルバムを開いていた。


「こっちは合同体育祭の」
「ルシアが応援団長の時のだな?」
「ライルも立候補したんだけど」


団員の多数決で負けたんだよね、とあの時の事を思い出して笑う。


「それにしても懐かしいよな」
「本当。ニールが見付けなかったら、アルバムの事なんて私すっかり忘れてたよ」
「…まぁ、これを作ってたのは俺だしな」


そのニールすら忘れていたのだから何とも言えないけれど。でも最近のニールの忙しさの事を考えれば無理も無いと思った。



「医師国家試験かぁ…」



大学の医学部に通っているニール。今年で大学六年生の彼は、大学卒業後に行われる試験の勉強で忙しい毎日を送っている。ちなみにニールとは四つしか違わないのだけど、それは彼が中学高校を二年飛び級したから。彼の弟のライルは工学部で普通の大学生活を送っている。


「こら、他人事みたいに言うな」
「ちょっ、痛いってば!」
「俺に比べたらマシだろうが」
「う…」


それは四年前の事。まさに私とニール、ついでにライルが初めて出会った時にまで遡る。


「ライルが可愛い子が高等部に居るってうるさいから仕方なく行ってみたら、何かいきなりたくさんの上級生とほうきで喧嘩してるし。揚げ句止めようとした俺はお前に回し蹴り喰らうし…」
「だからゴメンって言ってるじゃん!」


もう忘れてよと真っ赤な顔の私に、ニールはおかしそうに笑った。あれは同級生が先輩達に掃除区域を押し付けられていて、いくら先輩でも酷いから私がその子の代わりに物申していたのである。元々厳格な家で育ったし、そんな間違っている事には黙っていられなかった。


「ま、そのお陰でルシアは女子からも大人気な訳だ。そうだよな?ミスター・ソレスタル学園さん。昨日も後輩二人からラブレターを貰ったんだって?」
「あ!喋ったわね馬鹿ライル!」


ニールがどれだけそれを嫌がっているか知ってるくせに。やっぱり昨日ライルと一緒に居る時に貰ったのは悪かったらしく、これからはライルなんか信用しないでおこうと心に決める。


「まったく、ルシアは本当に男の俺でも妬けるほどモテるよな?」
「…ニールだって女子にモテるじゃん」
「だからルシアほどじゃねえって」


それにしても本当に妬けるな、とニールはテーブルに置きっぱなしにしていたコーヒーに口を付けた。釣られて私もココアを口に含む。入れてからしばらく経っているからか、少し温くなっていた。

(でもニールは本当にモテるんだよね…)

ちらりと盗み見たニールの横顔は、思わず嫉妬するほどに美しい。


「それにしても卒業まであと少しか…」
「あー、そう言えばそうだね」
「四年間本当に色々な事があったな」
「去年から同棲も始めたし」
「…そこは少しくらい恥ずかしがれって」


呆れたようにニールは苦笑する。…恥ずかしがれと言われても恥ずかしくないのにどうすれば良いのだ。私がムッとしていると悪いと笑って軽く頭を撫でてくる。


「もうすぐ同棲始めて一年か…」
「そうだね」
「…なぁルシア、俺達さ」


―結婚、しないか?

急に手を握られたかと思うと、真面目な顔で見つめられた。


「………結婚?」
「嫌、か?」
「嫌な訳じゃ無いけど…」


いきなり言われて心の準備が出来ていなかった私は、ニールの言葉に戸惑いを隠せない。ニールの事は好き、愛している。出来ることならいつかは彼と結婚したい。でもそれはあくまで"いつか"の話であって、今すぐだなんて考えていなかった。

(ニールと結婚…)

私の目の前に居るニールの視線が、痛いくらい自分に向けられているのが分かる。


「…悪い、困らせちまったな」
「……………」
「でもこれは前から考えてた事なんだ。実は卒業して試験に合格したら、隣町のユニオン総合病院で働こうと俺は思ってる」
「え、ユニオン総合病院に……?」


そんなの初耳だ。


「ソレスタル大学の病院は?」
「あぁ、俺も最初はそう考えてたよ」
「じゃあ何で…」
「俺の夢は脳神経外科医になる事だ。でもうちの大学じゃその設備が整ってねえ。だけどユニオン総合病院なら脳神経外科専門の科もあるし医者も居る」


確かにうちの大学の医学部や附属の大学病院に脳神経外科はある事はあるが、どちらかと言えば脳神経外科よりも心臓外科に特に力を入れている。でもユニオン総合病院には脳神経外科の権威とも言える先生が居た。だからニールの将来を考えるならユニオン総合病院の方が良いに決まってる。


「大学の病院に進まないなら昼間は全然会えないし、ルシアも医学部だからお互い忙しいだろうからなかなか一緒に居れないと思う。でもルシアといつでも繋がってるって感じていたいんだ」
「ニール…」
「単純かもしれねえけどな。それに就職したらルシアの事も養っていけるし」


彼がそこまでちゃんと考えてるなんて思わなかった。今年に入ってからは特に試験の勉強で忙しかったのに。なのにニールは私との将来を真剣に考えてくれてる。

(それなら私も…)

私もニールとのこれからを、未来を、ちゃんと真剣に考えなければ。


「あ、返事は今すぐじゃ無くて良いぜ!」
「…私も、ニールと繋がってたいよ」
「っ!ルシア、それって…」
「私でも良かったら、結婚して下さい」


瞬間、ふわりと大好きなあの香りに包まれる。ぎゅうぎゅうと力強くニールに抱き締められていた。顔がニールの胸板に押し付けられて苦しいから、背中を叩いて訴えると慌てて離される。


「く、苦しいってば!」
「悪い。でもまさかすぐに返事してもらえるとか全然思わなかったから…」
「嬉しかった?」
「そんなの当たり前だろ!」


それにしても緊張した、と呟くニールに思わず苦笑した。


「本当だ、凄いドキドキしてる」
「そう言うルシアは?」
「…ちょっとだけ。ほんの少し、ね?」
「マジかよ。スゲー恥ずかしい…」


顔を赤くして恥ずかしそうに、でもやっぱり悔しそうに手で顔を隠す。

(…嘘に決まってるじゃない)

少しって言ったけど、本当は凄くドキドキしたんだよ。でもそれを素直に言ったら何となく悔しいから。だから本当の事は一生教えてなんてあげない。


「不束者ですがよろしくお願いします」
「…俺も、よろしくお願いします」


お互いに頭を下げてみるけど、いつもと違う自分が何だか妙に恥ずかしくて。顔を見合わせると、照れ隠しにどちらともなく唇を重ねた。



世界讃歌をやめない
(取り敢えず卒業したら挨拶に行こうか)


「先輩、これ受け取って下さい!」
「え、でも私はほら…」
「結婚してても構いません!」
「……………」


春。周囲に結婚報告をしてから、以前にも増して後輩から告白されるようになった気がするのは何故ですか。


―――――
お待たせしました、綺喜さま!
リクエストのニールで学パロです。
本当に遅くなってすいませんでした。
プロポーズ夢は初めてでして。
なので何度も書き直していました。
ご要望に沿えてない気もしますけれど、
よろしかったら受け取って下さい!
リクエストありがとうございました。


*title:空想アリア


戻る
リゼ