曖昧ラヴァー



※連載第10.5話の6の番外編です








あの後、ビリーとサミュエルはバーで飲み続けていた。話の内容は次第に、科学者としての話へと変化していく。


「ガンダムのあの光る粒子は、どう見ても多様変異性フォトンの応用だろう」
「やっぱりサミュエルもそう見るかい」


カクテルグラスを片手に、目下大注目のガンダムについて議論を繰り広げていた。大学院時代、学内でも1、2を争っていた二人である。殊更熱くなるのは当然の流れだった。サミュエルはジャケットのポケットから、紙と万年筆を取り出して話を続ける。


「あれ…?」


その時、ビリーはある事に気が付いた。


「その万年筆、新しいね」
「え?あぁ…」


サミュエルの持つ万年筆を指差す。学生時代から、サミュエルは万年筆を愛用する人だった。物持ちも良いから、大半の物は長く使っている。万年筆もそうだ。


「前の奴が壊れちまってな」
「随分気に入っていただろうに」
「まあな」
「でも同じ種類だね」
「あー、それはだな…」


手元で弄りながら、先日の事を思い出す。










「…あ」
「どうかしましたか、博士?」
「いや、何でもない」
「そうですか」


失礼しますと言って帰路につく部下を見送った。そして再び視線を手元に戻す。


「やっちまったか…」


サミュエルの目に映るもの、それは普段使っている万年筆だった。少し前から危ないとは思っていたが、とうとう寿命が来たようである。ペン先から黒いインクがぽたぽたと滴っていた。


「お気に入りだったのに…」


はぁとため息を吐いて、仕方なくペン立てからボールペンを取り出す。

(どうしようか)

家に帰れば昔使っていた分がある筈だ。しかしどう考えても、今日は研究所に泊まる羽目になりそうなのである。だからそれは叶わなかった。


「仕方ない、明日はこれで我慢するか」


サミュエルはそう言って諦める。



「失礼します」



その時だった。コンコンとノックする音が響いて、誰かが部屋に入ってくる。


「何の用だ、ナタリー」


それはナタリーだった。基地から直接来たのか、軍服を着て手には帽子を持っている。彼女は扉を閉めると、カツカツと靴音を響かせて近付いてきた。


「今日は呼び出してないぞ」
「いえ、その今日は私用で…」
「私用?」


こくりと頷くナタリー。サミュエルが何かあっただろうかと首を傾げていると、彼女は小さな箱を差し出す。


「誕生日、おめでとうございます」
「え?」
「それとバレンタインも…」


そこではたと気が付いた。日付こそ変わりそうではあるが、今日は2月14日。忘れていたがまさしく自分の誕生日だ。差し出されたそれを受け取ると、開くように促される。


「っ、これは!」


驚きで目が見開かれた。サミュエルは箱の中身とナタリーの顔を交互に見る。


「そろそろ寿命だと聞いたので」
「探すのは大変だっただろう」


プレゼントされたのは、つい先程壊れてしまった万年筆と同じ物だった。これを作っている会社は倒産してしまったから、使いやすくて愛用していたサミュエルは諦めていたのである。でもそれが今手元にある、それも新品が。サミュエルはナタリーの頭をそっと撫でた。


「ありがとうな」
「いえ、大した事では…」


頬を赤く染めて俯く彼女が、初めて可愛いとサミュエルには思えた。











「良い話じゃないか」


カクテルを傾けながら、ビリーは微笑む。普段から無口無表情な彼女からは想像できない。


「大切にしなくちゃね」
「どっちをだ?」
「両方だよ、この場合は」


そう言われてサミュエルは手にした万年筆をじっと見た。ライトの光を浴びて、黒く光沢のあるボディがキラキラと輝く。頭にはあの時のナタリーの顔が浮かんだ。


「知らねえよ…」
「意地っ張りだなぁ」


くすくすと笑いが漏れる。こんな友人の姿を見るのは初めてだ。本当にいい人に巡り会えたと思う。



曖昧ラヴァー
(それはまだ恋かどうか分からないけど)


「取り敢えず誕生日おめでとう」
「ビリーと同い年か」
「おや、僕と一緒は嫌かい?」
「抜かせ」
「ま、とにかくあの子に手は出しちゃ駄目だよ。犯罪者になるからね」
「だ、誰が手を出すんだよ?!」


―――――――――――――――――――
連載の番外編でした。
サミュエル誕生日おめでとう!
ちょうど話の時期が被った奇跡。
実はナタリーとサミュエルは、
こんな関係もあるんです。
普段厳しいのは仕事の関係で。
プライベートは案外優しいんです。
だからといって恋かどうかは不明…。
今後この二人はどうなるのか。
取り敢えず夢じゃなくてすいません!

*title:灰色ロマンチスタ
(2009/2/16)



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