誰かの背中を追って






「…おい、そこの変質者」


頭上から若干の悪意を含む不機嫌な声が聞こえたのは、書庫に篭って二時間以上経った頃である。ここは使用頻度が低い書類などが保管されており、何より海兵があまり来ない事が一番気に入っていた。そんな場所で急に聞こえてきた声に、私は渋々だが顔を上げる。


「こんな所でサボりとは、良いご身分になったモンだなァ」
「それは心外ね、スモーカー」
「大佐、だろ…?」


フン、と馬鹿にしたように笑う目の前の同僚。そして私の上司。


「こんな薄ぐらい部屋でウンウン唸りやがって。通り掛かった海兵が幽霊だって喚いてんぞ」
「だ、誰が幽霊よ失礼ね!」
「オメーだよ」


そう言ってスモーカーは私の額をぺしと叩いた。思いの外強く叩かれたそこは良い音をたてる。


「ちょっと、痛いじゃない!」
「ったりめえだろうが。わざと痛くしてんだからな」
「信じらんない…」


本当に、彼はそれこそ士官学校時代から私に容赦ない。こんな奴が私より上の階級なんて最悪だ。ヒナにはこんな事しないのに!私はじんと痛む額をさすりながら広げていた本に再び目を落とす。


「…何を読んでんだ?」
「見て分からない?海軍本部の昇級試験過去問題集」


ぺらりと表紙の方へめくり、スモーカーに見せてやった。


「何だ、お前試験受けるのか」
「海軍本部は暇なんだって」


先日たまたま通路の掲示板で見つけた試験のお知らせ。現在大尉の私はスモーカーやヒナみたいに能力者でも無ければ、たしぎみたいに強くもない。そこらに居る普通の海兵。


「優秀なスモーカーと違って、どうせ私はこうでもしなきゃ昇進出来ないんですー」


悔しかった。自分の手で次々と名のある海賊を捕らえ、どんどん昇進していくスモーカーやヒナたち。


「あ、スモーカー大佐でしたね」


同期なのに、同じ海兵なのに私は彼らに取り残されていって。


「…っ、でもすぐにアンタより偉くなってやるんだから!」
「…おう、待っててやるよ」
「え?」


そう言ってスモーカーは私の頭を優しく撫でる。無骨な彼からは考えられないほど柔らかい手つきで。

(あ、これは…)

士官学校時代からの、彼のクセ。


「でも無理はするなよ。それとお前は別に強くねェが、咄嗟の判断や状況把握に長けてるしお前の考えてくる戦術も現場の状況や手持ちの兵力まで考慮されていて良い」
「は、はぁ…」
「面接でそうアピールしとけ」
「っ!」


まさか彼がそんな風に考えていたなんて。驚く私を他所に、スモーカーは葉巻をくわえて火を点ける。


「…何だ?文句あるか」
「え、あ…別に」
「俺はそろそろ戻るぜ。勉強も良いが無理はするなよ。仕事もしろ」
「それって矛盾…」
「じゃあな」


がしがしと頭を掻き、彼は書庫を後にした。残されたのは私と、再び訪れた静寂のみ。取り敢えず手のペンを持ち直し私は机の上の本に目を落とす。気のせいだろうか、頭が幾分すっきりしていた。



「まったく、仕方ないわね…」



そこまでスモーカーにやられてしまったなら、意地でも頑張るしかないじゃないのよ。


誰かの背中を追って


「ったく、無理しやがって…」


昔からあいつは本当に負けず嫌いだったが、ここまでくると見てるこっちは心配になる。俺はもう一度だけ中を見ると、邪魔にならないよう静かにその場を離れた。


(title:ステラ)


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