浅き夢見し、恋せよ乙男






目の前から猛スピードで接近してくる見慣れた人影。そりゃもうよく知った人間で明らかに向かって来る先は俺だった。


「クザン!」
「あらら、どうしたのよサカズキ」


目の前に立つこの男。名前はサカズキ、別名大将赤犬。現在海軍に居る大将の中では一番厳格な人間だろう。そいつが普段は何があっても引き締めてる顔を、これ以上無いというほど怒りに歪めていた。こうなると俺もあまり関わりたく無くなる。


「あいつを見なかったか?!」
「あいつ…って、マリアちゃん?」
「そうだ!」
「今度は何があったのよ」
「マリアの奴、あれほど提出しておけと言ってあった重要書類を忘れていた!」
「重要書類?」
「数日前の軍事演習で、マリアが壊した軍艦についての始末書と経費だ!」
「軍艦…」


言っては何だがいつもの事だ。…いつもの事だが今回はまた規模が大きすぎる。

(そりゃサカズキも怒る訳だ…)

とにかく見掛けたら首根っこひっ捕まえて俺の所まで連れてこい、とそれだけまくし立てると肩を怒らせながら再び本部の廊下を歩いて行った。




「…でも残念」




声が聞こえたかと思うと、もそりと背後で動く気配。


「クザンさんは私の味方だもの」
「味方だもの、じゃないのマリア」
「あだっ!」


サカズキが去った方に向かって舌を出すマリアに軽くでこぴんをかます。話は少し前に遡り本部を散歩していたら前から必死に走るマリアが来ていて、何を急ぐのかと声を掛けたら背中に隠れてきた訳だ。灯台元暗しとはよく言ったもので。


「何だって毎回軍艦を壊すのよ?」
「だって楽しいんだもん!」
「軍艦一隻造るのも馬鹿にならねえの」


給料から差し引くよ、と冗談で笑ってやれば顔をしかめる。もしそうなれば随分と海軍でただ働きしてもらう事になるなと思った。


「…まぁそれでも」
「ん?」
「クザンさんと一緒なら別に良いかも」


呆気にとられる俺の頬に寄せる感触は。



浅き夢見し、恋せよ乙男


「…っていう夢を見たのよ」
「ほう。クザン貴様、俺の部下にそんな事をしようと…」



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リゼ