ひとりぼっち 1
何かがおかしい。
それとも、私がおかしいのか。
人事交流で関西図書隊に二年間行って帰ってきた。
去年から新しく編成された堂上班に入ることになったと聞いて、愛しい彼と共に働けるのかと喜んで戻ってきた。
もちろん笠原さんのことは聞いていた。
だから、ある程度は覚悟をしていたつもりだった。
でも、状況は私の想像を遥かに越えていた。
「まーたやってんなぁ。
今日はなにやらかしたんだ?」
にんまり笑う進藤一正の視線の先では、鬼教官の真っ直ぐな瞳と、そのほんの少し上にあるこれまた真っ直ぐな瞳がぶつかり合っている。
口では罵り合っているが、そのどちらの瞳も決して逸らされることはない。
この数日で何度見たかわからないこの光景は、私の心を酷くざわつかせた。
「おーい、聞いてっか?」
私の目の前で進藤一正が手を振る。
「えっ?…あぁ、今日の書庫での業務、ミス連発で…。」
ふーんと相変わらずにんまり顔で二人を見守る進藤一正。
事務室の扉が開いて小牧くんが入ってくる。
「ほらほら、お二人さん、今日はもうその辺にして。
俺を笑い死にさせる気?」
二人の間に割って入るも、あっという間に上戸に陥り退散する小牧くん。
確かに面白いかもしれない。
そう、まるで…夫婦漫才…。
こんな二人をみんなが当たり前のように見守っている。
みんな忘れちゃった?
私、堂上篤の彼女だよ?
なんで誰もこの二人を本気で止めないの?
「絵里奈、どうした?」
夜の官舎裏、私を真っ直ぐ見つめる瞳は、昼間の光景を思い起こさせずにはいられない。
どうしたと聞きたいのはこっちの方。
あなたは彼女にどんな感情を抱いているの?
何も言わず自分を見つめる私に、彼は戸惑いを隠せない。
「なんだ?俺に言えないことか?
言わなきゃわからんだろうが。」
そのとおり。
でも、言ってしまえば全ておしまいな気がして、ただ黙って彼の胸に顔を埋めるしかなかった。
「絵里奈がこんな風に甘えるなんて珍しいな。」
環境が変わって疲れてるんだななどと言いながら、優しく抱き締めて背中を撫でるこの手は、いつもあの子の頭を撫でる手。
彼との貴重な時間だというのに、あの子の顔がちらついて胸が苦しい。
そして、私の苦しみを、彼はもちろん他の誰も気づいていないことが、さらに私を苦しめる。
「もっと強く…。」
「ん?」
「もっと強く抱き締めて。」
彼は戸惑いながらも力強く抱き締めてくれた。
「どうした?
お前がそんなこと言うなんて珍しいな。」
「だめ?」
大歓迎だと耳許で囁かれても、私の心が満たされることはなかった。
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