静かなる想い 1
幼なじみの静佳とはいつも一緒で、その兄である篤兄ちゃんはいつも私達のお守り役だった。
お小言ばっかりで、いつも怖い顔をしている篤兄ちゃんだけど、私達のことをいつも気にかけてくれている。
そんな優しい篤兄ちゃんに初めての恋をしたのは、中学に入った頃だった。
「静佳っ、絵里奈っ、走るな!」
祭りの見物客でごった返す中、篤は
2つ並んで揺れる金魚の尾ひれのような浴衣の帯を追いかける。
「兄貴うるさいっ!
だいたいあんなのがついてきてたら、イケメンが寄ってこなくなっちゃう。」
静佳はそう言うが、絵里奈は篤と一緒に祭りに来られたことに、密かに胸を踊らせている。
「お母さん達が篤兄ちゃんと一緒なら、お祭り行ってもいいって言うんだから仕方ないよ。」
「絵里奈、今日は妙に物分かりがいいじゃん。
まさか…兄貴と来られて嬉しいとか?」
「ち、違うよ。
なに言ってんの、静佳。」
意識し始めたばかりの恋心を誤魔化すには、絵里奈はまだ子供過ぎた。
「あれ〜絵里奈、顔真っ赤だよ〜?
ふ〜ん、そうなんだ。
よし、わかった!
あんな兄貴のどこがいいのかわかんないけど、絵里奈の恋は応援するよ!」
そう言うと静佳は後ろを振り返り、少し離れて着いてきていた篤に手招きする。
「なんだよ。」
「あのね、私、下駄で足痛くなってきたから、ちょっとそこで座ってる。
でも、たこ焼き食べたいし、焼きそばもチョコバナナも、あとりんご飴も食べたいの。
だから、二人で買ってきて。」
「はぁ?
お前なぁ、はしゃいで走るからそういうことになるんだろ。
だいたいお前一人でそんなとこ座ってて、変な奴に絡まれたらどうすんだ。」
「大丈夫大丈夫!
あっ、由美?いいところに!
ほら、同じクラスの友達見つけたから、あの子達と待ってるよ!
じゃっ、頼んだよ!」
静佳は足の傷みなど微塵も感じさせない足取りで、友人達の方へ走って行った。
「何考えてんだ、あいつは…。
行くか?」
篤は呆れ顔で呟いて絵里奈に向き直った。
「う、うん。」
思いがけず篤と二人っきりになれたのは嬉しいが、実のところ、絵里奈の方こそ慣れない下駄で靴擦れをつくってしまっており、必死で痛みを堪えていたのだ。
しばらく絵里奈のペースに合わせて歩いていた篤が、不意に目の前にしゃがみこんで、絵里奈を見上げる。
「ほら、乗れ。」
「そ、そんなこと…できないよ。」
恥ずかしさと戸惑いで涙ぐむ絵里奈を見て、篤は慌てて立ち上がる。
「そうだよな。
浴衣でおんぶは無理か…。」
一人呟くと軽々とお姫様抱っこをする。
「お前のはほんとみたいだからな。
これ以上歩くのは辛いだろ。
恥ずかしいかもしれないけど、我慢しろよ。」
そう言われてしまえば大人しくしているしかなく、真っ赤になった顔を隠しようもなく途方に暮れつつも、篤への想いを再確認した夏の日だった。
- 172 -
戻る