優しい雨 1

雨は嫌いじゃない。

せっかくの休日に、一人で部屋にいることを肯定してくれるから。

それに、雨音が一人きりの部屋の静寂を打ち破ってくれる。

雨は孤独な女の味方だ。



「悪い。
笠原の筆記見てやらんと心配なんでな。」

「そう…だよね。」

部下だから、心配するのは当たり前。
笠原のことが心配なのは私も同じだからわかる。

でも…

寝る間を惜しんで試験対策ノートを作ったり、休みの日に彼女をほったらかしてまで、試験勉強を見てやるなんて、嫉妬するなという方が無理だ。

久しぶりに二人で過ごせる公休日だった。
楽しみにしていたのは自分だけだったのかと思うと、虚しさに押し潰されそうになる。

彼の純粋に部下を思う気持ちを信じたい反面、彼が彼女に抱いている何かしらの特別な感情を邪推せずにはいられない。

笠原は彼を変えた人物。

それはどれだけ抗おうとも変えられない事実。

ずっと傍で見てきた私には悲しいほど重くのしかかる事実。

どれだけ彼を想っても、彼の中で私は笠原以上の存在にはなれないのかもしれない。

そんな不安が止めどなく膨れ上がっていく。



「おはようございま…」

事務室の扉を開けて、いつもそこにある大きな背中がないことに違和感を覚える。

なんだ、今日は私が一番乗りか。
いつもと同じ時間に寮を出たのに、珍しいな。

しばらく一人で仕事をしていると、扉の開く音がする。

やっと来たと振り返ると、思っていたのより少し高い位置にある穏やかな笑顔。

「おはよ。村上さん。」

「あ、おはよ、小牧くん。」

「待ち人じゃなくてごめんね。
でも、今日からあいつ研修だからこっちには来ないはずだろ?」

そうだった。
しばらく会えないんだ。

「忘れてた。」

「昨日言わなかったんだ。
結構遅くまで一緒にいたんでしょ?」

あからさまに曇ってしまった私の顔に、小牧くんが怪訝な顔になる。

「違うの?」

「笠原の試験勉強見てやるって言ってた。」

精一杯嫉妬を感じさせないように言ったつもりだったが、上手く言えたかわからなかった。

「そっか。
あいつもとことんお節介な奴だね。」

「…そうだね。」

精一杯微笑んだつもりだが、きっと相当ぎこちない。



一日笠原と接するのが苦痛だった。

昨日は何してたの?

根掘り葉掘り聞いてしまえば、少しは楽になるだろうか。

いや、今の自分の状態では何を聞いても疑ってしまうに違いない。

醜い感情を晒してしまうに違いない。

純粋な笠原にそんなもの見せるわけにはいかない。

だから、溢れ出そうな言葉を飲み込んで、口をつぐむしかなかった。



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