お静かに、お喋りめさるな

まさか、あんな百物語をも足蹴にする恐怖の一夜を体験する事になるとは…。
この時ベースは思ってもみなかった。
まさか、あんな些細な事が発端になろうとは…。



*********




スフォルツェンドへ向かう幻竜軍、超獣軍、そして箱を求めて飛び立った妖鳳軍のジーグ艦隊を一人、
北の都のバルコニーに立ち見詰、本拠地に残ったベースは呟いた。

「サイザーはパンドラの箱…ドラムはスフォルツェンド攻略…そしてギータ…お前は“鍵”だ!
スフォルツェンドにあるはずだ。パンドラの箱の“鍵”がな。必ず手に入れろ。ケストラー様が起きる前にな……」

その言葉を聞いた、ベースの傀儡と化しているリュートが僅かに反応した。

「スフォル……ツェンド…」
「!」

ベースはハッとしてリュートを見上げた。
一言呟いたきり、リュートは何の反応も示さない。
ただ虚ろに曇った眼は、真っ直ぐと前を見詰るばかりだ。

「そうだ、スフォルツェンドだ……」

ベースは返事など期待せぬまま一人続けた。

「お前の故郷のスフォルツェンドだ。
クク…貴様ならどう攻める?まあ、所詮どう小細工をしようが、今の大神官は貴様の半分の実力も無いと言うではないか?
ホルンも年々老いて、法力は弱まって来ている。寿命も近いらしいではないか…。最早、我等の敵等では無いわ。兵団の絶対数も減った。
全ての戦力を持ってしても、取るに足らん脆弱なものだ…。どう足掻いた所で奴らに勝ち目など…」
「…ネチネチネチネチ本当、よく喋ってくれるよね、生首の分際で。舐めてかかったら痛い目みるよ?何せ、このボクの国だからね。フフッ。
それとも、痛い目に遭いたいのかな?かな??何なら15年前の決着、今付けようか。また、メキドの炎で吹き飛ばされたい?
今度は頭もよく、燃えるだろうなあ…。それとも、学園編のバレーボールの時みたいに叩き付けられたい!?どうなんだよそうなのかよこの髭達磨があぁー!!!」

一気に捲し立て、言うが早いかリュートは力の限りベースの首を壁に投げ付けた。
慌てて側近である骸骨兵が、あわやレンガに直撃する寸前の所でギリギリ、ベースの首をナイスなキャッチで決めた。
十字架の大剣を、片手で軽々と振り回すリュートの豪速球を受け止めるとは、その動きはサッカーかドッジ・ボールなら間違い無くエース級になれるだろう俊敏さだった。

「………な…??」

何が起こった…?

ベースは自分の身に何が起きたのか、まるで理解出来ない。
現状を把握するまで、たっぷり10秒以上の時間を要した。

「あーあ、ずっとお前のこと持ってたから、肩凝っちゃったじゃない。どうしてくれるの?」

コキリコキリと首を回しながら、リュートがぼやいた。

「…リュート…お前…」
「…さっきからお前とか、貴様とか何様のつもり?生首の分際で…」

リュートは顔に青筋を立てて、ニッコリ微笑んだ。

「………」

…これは、どう言う事なのだ?

ベースは肉玉化したコルネットを目撃した、ヴォーカルの如く真っ白になり(ヴォーカル復活前だが)、
思考回路が一時フリーズした。
今までベースがリュートに嫌みを投げかけ、リュートが反応した事等は……確かに、有った。
だが、それは眉を顰めたり、僅かに身動ぎをするだけの代物で、ベースの一方的なお遊びだった筈だ。
何より、リュートは魂を失っている。
彼の魂はベースに掌握され、支配されている人形にすぎないのだ。
その微かな反応でさえ、信じ難い事なのに。
まさか…意識を取り戻そうとは…。
どうやら話題にスフォルツェンドを挙げた事が、リュートの魂の逆鱗に触れたらしい。
リュートは反魂の法により、吊り上がった瞳を更に吊り上げさせベースを見下ろした。
その風格は女王様、いや、女帝を彷彿とさせる。

「キャッチされちゃったね…チッ。じゃあ、今度は命中率は百発百中、15年越しの恨みのメキド…味あわせてあげるよ…」

可愛い顔をして恐ろしい事を吐く。
リュートの右手から、眩いばかりの炎が燃え上がった。
それは15年前にベースの肉体を焼き尽くした、聖なる炎メキド…!
体が無い今、それを喰らったら首しか無いベースは間違いなく滅ぶだろう。
髑髏兵は慌てて、リュートを制そうとしたが彼等の放った言葉に、リュートは遂にブチ切れた。

「べっ、ベース様!?お止め下さい!!」
「ボクは、ベースじゃないっ!リュートだ!!新参者の骨っ子共ぉー!!!!」
「ギゲエエエエエェー!!?」

あんな鬼畜髭面と一緒くたにするなと、左右からリュートを取り押さえていた髑髏兵はリュートの掌から放たれたメキドの炎によって、
呆気なく断末魔の声を上げ、灰となって崩れ落ちる。
訳も分からぬまま、素晴らしき反射神経を持つ骸骨兵は果てた。いと哀れ。
邪魔者をたった今、消し炭にしたリュートは両の掌から蒸気を多揺らせ、
解き放たれた飢えた肉食獣の様に、瞳を発光させユラリユラリと取り落とされたベースの首に近付いて行く。

…ヤバい。
そんじょそこらの魔王より、余程怖い。(BGM:シューベルト「魔王」)

ベースは戦慄した。

「まっ待て、リュート!儂が悪かった!!此処は平和的に話し合おう!?」

残虐非道な魔族の幹部の最高峰が、平和を求める矛盾に敢えてベースは自ら目を瞑った。
だが、リュートは殺気だけで髪を揺らめかせベースに飛び掛かった。

「問答無用ぉー!!15年前の、この恨みっ!今晴らさでおくべきかあぁーーっっ!!!!」

どこぞの顔を白塗りにした地獄の帝王の様な台詞を吐き、リュートが雄叫んだ。

「あ”あ”あ”あ”あ”ーーー!!!?」

力の加減を知らないリュートの暴れっぷりは、それはもう半端ではなかった。
台風一過どころではない。この北の大陸をも、引っくり返さんばかりのロデオボーイ振りだ。
リュートは城を手当り次第、破壊しながら逃げ惑うベースとの距離をジワジワと縮めていく。
ベースはあわや、残った頭部をも焼き尽くそうとする聖なる炎(使い手は邪悪だが)から何とか逃れ、
最後の気力で冥刻屍鎖封陣(ヘル・ファントムズ・ジェイル)を放った。
リュートは四肢を野太い鎖で拘束され、動きを止められた。
この鎖に繋がれたら鉄球の数だけ力を十分の一にされてしまう。
今、リュートの力は四十分の一しかない。
だがリュートは往生際悪く、悪辣な罵声をベースに吐き捨てている。

「この、卑怯者!鬼畜ドS!!死姦(視姦)野郎!!!変態男色ロリショタペド親父ぃーっっ!!!!」

性知識とはまるきり無縁そうなリュートが毒づきながら、さり気にマニアックで卑猥な知識を披露した。

冥法王にネクロフィリアとくるか…あたりめーだろが。
それよりもお前、ショタって自覚あるんか。

ガチョガチョと音を立てて身を捩り、尚も毒を吐き続けるリュートを見て、ベースは目眩がした。

と言うか、リュートってこんな性格だったけ?
儂のリュートは水晶で視姦(当たってた)していた時は、あどけない子猫みたいで腕白な所も有ったけど、
反魂の法を施した今は、御淑やかで漆塗りの様な黒髪の美しい、可憐な自分だけの従順なお人形ちゃんで…。

ベースが図らずも現実逃避を始めると、それを赦さぬリュートがベースに唾を吐きかけた。
ベースは否応無しに現実に引き戻され目の前に広がる光景を認め、溜め息をつき、僅かに残ったのであろうリュートの魂を再び抜いた。

老けぬ筈のない顔を、向こう10年分ゲッソリさせ、つくづく思った。
軍王達が遠方に出ていて良かった…。
自分の身体である操り人形に謀反を起こされる等と、これでは軍王長としての威厳も示しもつかない。
と言うより、一魔族としての沽券に関わる。
ベースは魂の抜けたリュートの封印を解き再び、その右掌に納まった。
リュートの瞳は再びくすみ、表情筋の一筋も動かさず、まるで造り物の様に整った顔で冷淡な表情で澄ましている。
先程の暴走極まれりが嘘の様に静まった。
もしかしたら自分は今、この男の妹である、
慈愛の王女が、我等が大魔王ケストラー様の後継者ハーメルの「血」と「肉」による魔族化を宥め、
人間側に戻した事より凄い事を熟してい
のかも知れない。

反魂の法を怒りによって破るとは…余り認めたくはないが流石「スフォルツェンドの魔人」、「人類の守護闘神」と呼ばれただけはある、認めよう…。
…まて、「魔人」とは誰が言い出したのだろう、的確すぎるぞ。恐ろしかった…。

どうやらベースは先程のリュートにトラウマを植え付けられた様だ。
今のリュートは一言も語らず従順であり、まるで「人形」の様に、おとなしく美しい。


…だが、それが今は逆に怖い。



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