「いと高きところにいます神にのみ栄光あれ」

リュート幼児退行注意!終り(3)






クラーリィとリュートは、手を繋いで歩いていた。
互いに黒い服に身を包み、片手に色とりどりの花束を持って。

あの後、母さんに会いたいと愚図るリュートを連れて、ニ人でホルンの墓参りに遣って来たのだ。

スフォルツェンド城内にあるホルンの墓は、城下を見下ろせる小高い丘の上に建てられており、人々の笑顔を一望する事が出来た。
人々の幸福を願い、その生涯を世界の安寧の為に捧げたホルンにとっては、愛した民を見守る事の出来る場所に安置されて本望だろう。
誰からも愛され、慕われた女王の墓には花が絶える事は無い。

転移魔法を使わずとも徒歩で行くには、散歩がてらにも丁度良い距離だった。
沢山の献花が溢れている墓碑を視界に入れ、クラーリィは歩みを緩めた。

「あちらです」

言わずとも、リュートも直ぐ隣にいるのだ。
当に分かっているだろう。だがリュートは歩みを完全に止めている。

「母さん…」

呟いたきり、動かなかった。
まだ完全に、ホルンの死を受け入れられた訳ではない。
癒えぬ傷を抱えたまま、母親の墓の前に立つのが怖いのだろう。
そのまま前に進もうとしないリュートと共に、クラーリィも歩を止めたままでいた。
チラリとリュートを見ると、俯き小さく震えている。
泣くのを堪えているのだろう。
クラーリィは空を仰ぐと、リュートに聞かせるとはなしにポツリと呟いた。

「ホルン様は最期の時…微笑んでいらっしゃった…」

その言葉にリュートは顔を上げた。
空が高い、晴れ渡った気持ちのよい散歩日和だった。


*********


北の都での最終決戦。
本来リュートは魔族と同じ最期を迎え、砕けて天に還る筈だった。
それを制したのはホルンだった。

「リュート…貴方は、まだ駄目」
「母さん…!?」
「貴方にはまだ、やる事、成すべき事があるわ」
「どうして!?そんな事、言わないでよ!ボクも一緒に連れていって!!」

悲痛な面持ちでリュートは訴えたが、ホルンは微笑んで首を横に振るだけだった。
次第にホルンの姿は光に溶け、その輪郭を消していく。

「待って、母さん!お願い、置いていかないで!!ボクを一人にしないでっ…!!」

ホルンの姿が完全に消えて無くなる直前、母の遺した言葉は

「生きて…生きて償って…」

それは何時しか、人と魔を裏切り生きる気力を見いだせず、
途方に暮れていた堕天使に同じ道を歩んだ魔族が贈った言葉だった。
その言葉を聞いた時、リュートは泣き出しそうな寂しげな表情をし、天に消え逝く母を仰いだ。

リュートの、体の罅割れは止んでいた。
長い沈黙を破りクラーリィは恐る恐るリュートに声を掛けた。
そしてリュートは、クラーリィを真っ直ぐに見詰め言ったのだ。


「お兄ちゃん、誰?」


*********


「クラーリィ?」

声を掛けられて、クラーリィは現実に引き戻された。
リュートの悲しげな横顔を見て、つい思い出してしまった。
クラーリィは表情を繕い、微笑んで答えた。

「何でも御座いません。さあ、行きましょう」

リュートの手を取り直した。

リュートはまだ不安そうな顔をしていたが、やがて意を決意しホルンの墓前まで歩く。
ホルンの墓標は生前、彼女が額に着けていた、女王の証である十字架を模して造られていた。
まだ新しい墓に、リュートと手にしていた花束を添えると、手を組んで祈りだす。
墓の前に跪くと、まるでホルン本人に抱かれている様な錯覚がする。
それはリュートも同じなのだろう、その顔は寂しげな、でも何処か安心した様な安らかな表情をしていた。
クラーリィは祈りながら、ホルンに問い掛けた。

本当にこれで良かったのですか?
ホルン様…。

リュートは生きて還って来た。
全ての記憶を失って…。
彼にとって、あのままホルン達と一緒に穏やかに逝く事が幸せだったのか、
それとも、いずれ取り戻すであろう記憶の罪の十字架を背負って、
贖罪の人生を送る事が良かったのか、クラーリィには分からない。

それでも、オレは…。

「ただいま、母さん…」

リュートがホルンに語りかける。

そうだ。
還って来た。
リュート様は、生きて還って来てくれた。
それで良いじゃないか。

彼が記憶を取り戻し、人生に疲れてしまったら自分がその小さい肩を支えよう。
二人で共に、十字架を担おう。
何時までも、隣にいる。
もう、決して一人にはしない。

クラーリィはホルンにその命の続く限り、リュートと共に在る事を誓った。
クラーリィは再び、天を仰いだ。


何処までも高く、全てを吸い込んでしまいそうな空だった。





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