「愛の神よ、安らぎを与えたまえ」

リュート幼児退行注意!続き(2)






廊下に、声が反響する。

「何でそんな嘘つくの!?クラーリィなんて、大嫌いだっ!!」

リュートは、クラーリィに背を向け走り出した。

「リュート様……」

クラーリィは、血が滲む程、唇を噛み締め俯いた。


*********


北の都の決戦から、数週間。
四肢を失う重症を負い、動けぬクラーリィは、
封印の箱を持って駆け付けたオリンに特製の義手、義足施して貰い、何とか自力で移動出来るまでに回復した。
これ程の短期間で、新たな手足を使いこなせたのも、大神官として10万騎を束ねる為に、
日夜、人並み外れた努力を重ねてきた修練の日々の賜物なのだろう。
二人は故郷への帰路に就いた。
帰りの道中、クラーリィはリュートと様々な事を語り合い、失ってしまった絆を取り戻そうとしたが、
ホルンの事だけは何を聞かれても、答えられなかった。

そして、スフォルツェンドの城へ辿り着いたリュートの最初の質問は。

「母さんは、どこ?」

罪の重圧から逃れる為、自己が壊れてしまうギリギリの境界線で、リュートの身体が選んだ道。
それは全てを「忘れる」ことだった。
クラーリィの存在、そしてホルンの死さえ忘れたリュートは、城へ着くなりクラーリィ達に訪ねた。

「母さんは、どこに居るの?心配かけちゃったから、謝らなくちゃ…」

事情が有るとはいえ、嘗て民に愛されたリュートの生還と、大戦を勝利に導いた勇者の一人であるクラーリィを、
祝福しようと集まった者達が両者を取り囲み賑わっていたが、その言葉に周囲の全ての者の笑顔が消えた。

「ねえ、どうしたの?母さんは??」

先と、同じ質問を繰り返す。
彼を除く全ての者は、その答を知っている。
何の戸惑いも無く、尋ねられる質問は余りに残酷すぎた。
クラーリィは、誰も答ぬ質問に自ら躊躇いながらも、意を決して重い口を開いた。

「もう、居りません」
「?」
「ホルン様は…お亡くなりになりました」
「え?」
「…ホルン様は、遠い所に行かれました。…もう、我々では手の届かぬ場所です」

リュートは、回答の意味が理解出来ないのか、暫し考え倦ねる。

なくなった…?もういない…?とおいばしょって、どこへ??

頭の中で言われた事を反響言語の様に、何度も繰り返しその意味が理解出来た瞬間、リュートは勢いよく顔を上げた。

「ウソ」
「…本当です」
「…嘘だ」
「…リュート様……」

リュートの大きな瞳が、見る見る潤みだす。

「 何でそんな嘘つくの!?そんの嘘だもんっ!!クラーリィなんて、大嫌いだっ!! クラーリィの馬鹿ぁーっっ!!!」

とうとう耐え切れず、リュートは涙を溢れ出させ、走り出した。
クラーリィは、走り行くリュートの後ろ姿を眺めながら血が流れる事も気にせず、尚、更にギリと唇を深く噛み締める。
ホルンの余命と、北の地で成さなければならぬ使命を知っていた自分達は、まだ覚悟が出来た。
だが全ての記憶を失い、幸せだった頃の記憶しか残っていないリュートが、
突然、突き付けられた母親の死を享受するのは、どれ程の想いだろう。
愛する者、護るべき者を一遍に奪われた子供。
自分も、親を亡くす悲しみは嫌という程に知っている。
過去の自分の記憶とリュートの心情を重ね合わせて、想像するだに身を切られる様な寒気を感じた。

暫く、一人にして差し上げた方が良いのかもしれない…。

しかし、その想いとは裏腹にクラーリィは、リュートの後を追って駆け出していた。
リュートは、この回廊を真っ直ぐに進んでいった筈だ。
ならば行き着く先、思い当たるのは15年前から変わらずに在る、リュートの部屋しかない。
オリンに貰った、義手と義足を着けていると為、
まだ慣れぬ手足にバランスを崩し何度もつまづき、転倒を繰り返しながらも何とかリュートの部屋に辿り着いた。
クラーリィは部屋の前に立ち、暫くの間、入るべきか入らずべきか考えあぐねていたが意を決し、
遠慮がちに扉をノックし静かに部屋の中へ歩を進める。
次の瞬間、無数の牙を持つ化け物の大口がクラーリィ目掛けて迫って来た。

「どぉうあああ!!?」

化け物の歯が目前に迫った時、それでもクラーリィはその反射神経を遺憾なく発揮し、
化け物の魔の手(口)から逃れ、ゴロゴロと床を転がる。

「なっ?!なぁっ!??」
「あっ…クラーリィ…」

リュートは発動した魔法の大音響とクラーリィの悲鳴に、漸く気付き振り返った。
まだ泣きながら、手にしているのは魔導書とチョーク。
椅子にも座らず、床にへたり込んで座っている。
リュートの両脇には、何冊もの本が積み重なっている。
どうやら、書物を読み漁っていたらしい。

「リュート様…何ですか、今のは…」
「ブラッディ・デス・イーターって言うんだ」
「そうでなくて、何でそんなモノを…」
「うん…魔法をね…試していたんだ…」
「魔法?」

記憶だけでなく、知識をも失ったリュート様が何故、あんな高等魔法を使えるのだ…?
って、今はそんな事どうでもいいだろ!?
それより、この魔法で一体、何を?
まさか、リュート様を怒らせたオレを抹殺しようと…??

纏まらない思考で自問自答していると、リュートがポツリと呟いた。

「母さんを…生き返らせる、魔法を探してるの…」

見回すと、部屋中のあちらこちらに魔法陣が展開されていて、
元々余り綺麗ではなかったリュートの部屋は更に荒れ果て所々、魔導書が散在している。
どうやら、リュートは記載されている魔法を片っ端から試しているらしい。

「…」

死んだ者を生き返らせる呪法…在る事は、在る。
だがそれは…

『反魂の法』

リュートが、つい先日まで囚われていた呪いだ。
本来ならば、リュートが一番その禁呪の恐ろしさを知っている筈だったのに。
クラーリィは、魔法陣を避けながらリュートの元に歩み寄り、
リュートの手に己の手を重ね静かに本を閉じた。

「クラーリィ?」
「…それは、為さってはいけない事です」
「どうして!?」
「……」

クラーリィは答えなかったが、その沈痛な横顔に何かを感じ取ったリュートは悲痛な声を漏らす。

「だって…だって…!」
「お母上を愛していらっしゃるなら、どうか…お聞き分け下さい…」
「だってぇっ!!」

リュートはクラーリィにしがみ付き、声を上げて泣き出す。

「うっ…えっく…お母様…」
「…」
クラーリィは体温の通らない手をリュートの肩に、そっと乗せた。
それに気付いたリュートが、まだ泣きながら嗚咽混じりにクラーリィに先程の罵声を詫びる。

「…ごめんね、クラーリィ…。あんな酷い事、言って…。
君が嘘をつかない事なんて分かってる…でも、母さんが死んだなんて…信じたく……なくて……」

最後の方は、消え入りそうな声だった…。

「…いえ……」

クラーリィには、何と声を掛けて良いのか分からない。
こんな時、口下手な自分が恨めしい。
自分には、気の利いた言葉など掛けてあげられない。
だがクラーリィは精一杯、正直な気持ちを一言、口にした。

「私は…貴方が帰って来て下さって、嬉しいです」

そう、自分は、自分達はリュートを15年前の呪縛から解き放つ為に、大神官にまで上り詰めたのだ。
旧友達の想いは、生きてリュート兄ちゃんと再会するという、願いは叶わなかっけれど…。
どんな形であれ、リュートは還って来た。
リュートには囚われていた時の記憶は、無い。
15年前と少しも変わらぬ顔で、ポカンと見上げてくる表情が何だか可愛らしくて。
…悲しくて。
それでも、リュートはその真摯な想いを汲み取り微笑んだ。

「ありがとう…ただいま…」

クラーリィは、リュートを抱き締める。

「おかえりなさい…リュート様」

二人は少しの間だけ抱き締め合い、確かに此処にある温もりを分かち合った。




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