「悲しみを知らぬ者」

リュート幼児退行注意!





壊れていた。
壊れてしまった…。


魂を取戻し、ベースを聖炎で焼き尽くした後。
王子は、オレの顔をジッと見つめ口を開いた。

「お兄ちゃん、誰?」

………。

「……えっ?」

間の抜けた声が、喉から洩れた。
王子は、キョトンとした顔でオレの顔を見詰め、キョロキョロと周りを見回した。

「此処どこ?お城…じゃないよね…?」
「………」



王子の心は冥法王に操られ、罪もなき数多の人々を死に追いやった事実を受け止めるには…優しすぎた。
王子の心は壊れ、その精神は穢れと恐怖を知らない、無垢で無知なその頃まで退行してしまっていた。
王子は漸くオレの全身を見ると、ギョッとしてこう言った。

「怪我…!!その手足、どうしたの?!!」

貴方が、吹き飛ばしたんじゃないか。

オレは、喉元まで出掛った言葉を飲み込んだ。
伝えたかった言葉も言わせてくれずに、遠くに逝ってしまうなんて…酷い人だと思った。

「血…!早く手当てしなきゃ…!!」
「…大丈夫ですよ。もう、止血はしてあります」
「……そうなの…?」

王子は訝しげにしていたがオレが笑いかけると取り敢えず安心したのか、今更、自分の服装に気付いた。

「どうしてボク、黒いお洋服着てるの?お葬式でもあるの?」

葬式…。
全ての四肢と、同志である友を代償に捧げたこの戦いは、
王子を取り戻す戦いではなく、貴方を消滅させる葬儀でしかなかったのか…?
違う。断じて、違う!!
王子なら、誰よりも強い精神を持っていた王子なら、
何時の日にかきっと全てを思い出して下さる筈だ。
…だが、今の王子に、どうして本当の事が話せよう?
オレは真実である、嘘をついた。

「リュート様は永い間、迷子になられていたんですよ」
「迷子?」

怪訝な顔をして、聞き返してくる。
それはそうだろう。

「はい。悪い人から逃れようとして…迷子になられていたのです」
「悪い人…?」

まるで身に覚えが無いのだろう、酷く狼狽えている。
オレは安心させようと、出来る限り自然に言った。

「ええ。でも、もう大丈夫ですよ。悪い人も倒しましたし、
リュート様も見つけだす事が出来ました。さあ、スフォルツェンドに帰りましょう」

その言葉を聞いて最初は戸惑っていたが、やがてニッコリと微笑んで。

「…うんっ!」

王子はあの頃と変わらない、いや、痛みも悲しみも、
全てを押し殺して微笑んでくれていたあの頃よりも、純粋な笑顔で頷いた。

「ねえ、お兄ちゃん。名前なんて言うの?」

…本当にオレの事も、何もかも忘れてしまったのか…。

悲しみと寂しさで、胸が押し潰されそうになった。
だが、

「…クラーリィと申します」

王子が不安にならないよう、笑顔で答える。
王子も釣られて、笑顔で聞く。

「そのイヤリング、もしかして大神官さまなの?」

貴方の代役でしかありません。

「はい」

肯定の返事を聞くと、ワクワクした様な顔を向ける。

「わあ!ボクもね、将来、大神官にならないといけないんだ。
そして母さん達やスフォルツェンドを守るんだ!!」

貴方様はもう、既に立派に戦い国を、我々を、御守り下さいました。
…その生命と引き換えに……。

「…それは、立派な心掛けで御座いますね」

王子は瞳をキラキラ輝かせて、オレに強請る。

「うん!!だからね?お願い!怪我が治ったらボクに魔法教えて?
家庭教師の先生だけじゃ、足らないんだ」

その笑顔が、眩しい。

「そうですね…そのお話は、お城に帰ってから致しましょうか」

そう言うと、王子はハッとして先ほどの「嘘」を思い出したのか、オロオロしながら青ざめた。
日光を反射した、シャボン玉の様な笑顔が曇る。

「そうだね…。母さんも、心配してるだろうし…」

ズキリと胸が痛んだ。

そうか、それも…。
貴方様の母上は…ホルン様は…もう…。

王子の笑顔を見ていると、とても伝えられなかった。
直ぐに分かってしまう「嘘」だけれど、せめて城に着くまではその笑顔を壊したくなかった…。

「帰ったら、怒られるかなあ…」

心配かけちゃってと、一人呟く王子をオレは笑いながら黙って見詰める事しか出来なかった。






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