「返せ、我がイエスを」

リュートの体は無数の槍で貫かれ、天に翳された。
光を失った瞳は虚ろに開き、暗い空を映しだす。
突かれた箇所から血液が滝の様に流れ、それを下で待ち構えていた魔物達は喉を鳴らして飲み下す。
下卑た歓声が挙がった。
超獣王が杯を持ち、血に塗れながら狂った様に笑った。

無い筈の生命を振り絞り、フルートを守り抜いたリュートと違い、私は息子を助ける事が出来なかった。
自分の子一人救えず、何が人類の女王だろう?思い上がりも甚だしい。
脚の力が抜け立って居られず、膝から崩れ落ちその場に座り込んだ。

ごめんなさい。
貴方を助けられずに、只見ている事しか出来ずにごめんなさい。
そして今までも、戦場から傷付き帰った貴方を癒やす事もせず、
笑顔で強がる貴方を知って見過ごした、母親らしい事は何もして来なかった…。
母さんを、私を許して…。

魔物達の笑い声が止んだ。
顔を上げると、道化師の格好をした魔族が息子の体を抱き起こした。

止めて!
リュートに触らないで!!

道化師が息子の口に、丸い何かを押し込んだ。
破かれた服から覗く、王家の証である背の十字架が黒く染まった。

何?
これ以上リュートに何をするの?

次の瞬間、言葉を失った。
血を生を魂を奪われたリュートが、ゆっくり立ち上がった。

何が起こったの?
リュートに何をしたの…?

体を吹き飛ばされ、首だけとなった冥法王に向かって歩いていく。
リュートはその首に跪き、帽子にキスを落とす。
ベースがニヤリと微笑んだ。
信じがたい悪夢の様な光景。いや夢ならばどれだけ良かったろう。
冥法王がリュートの右手に収まり、血に濡れた法衣は漆黒の軍服に姿を変えた。
リュートは空いた左手を翳し兵団を、人間を吹き飛ばした。

…リュートが人を殺した?
リュートが生き返った??

いや、違う。
その顔は血の気の失せたまま青ざめ、その表情は見たことの無い程に凍てついている。
額の十字架が、血の染み込んだ地に落ちた。
リュートの掌の上のベースが、ギータを呼びつける。

「ギータ、後はお前に任せる。魔人の身体は手に入れ目的は果たした。それに少々疲れたしな…」
「ハッ…お任せ下さい…」

そう言い残し、ベースと共にリュートの姿は天空の巨大な十字架に消えた。

待って!
行かないで!!

ああ、何て事だろう。ベースは目的は果たしたと言っていた。
魔族達の目的は「鍵」でもこの「スフォルツェンド」でもなく「リュート」その人だったのだ…。
私がその企みを見抜けなかった為に、リュートは魔族になった。
冥法王になってしまった…。
あの子が去り際に見せた、自らの手で消した肉の残骸を観て笑んだ、冷たい顔が頭に焼き付いて離れない。
だが、悲しみに浸っている暇は無かった。
ギータ率いる超獣軍が、再び侵略を開始したのだ。
リュートが随分減らしたとはいえ、千億の絶望だ。まだかなり残っている。
魔法兵団も反撃するがリュートを失い士気の下がった人間達と、当初の目的を果たし聖人の血を摂り込んだ魔族達とは勢いが違う。
ホルンの居る広間に砲弾の一撃が当たり、支柱が折れてこちらに倒れて来た。
避けきれずに肩を裂き、血が流れた。
国民の避難所であり、守りの要であるこの城へ入り込まれたらなす術が無い。
このままでは、私も前線の指揮に立たなければならないだろう。

でも…

「ホルン様は姫君とお逃げ下さい!!」

私は、リュートを守れなかった。

「私は…ゆきません!」
「なっ…」

だから、せめてこの子だけは。

「何をおっしゃいますか陛下!」

そうだ、今まで逃げて来た。

「そうでございますよ!!あなたは…」

逃げて来た結果リュートを失ってしまった。

「皆が命がけで戦っています!」

だからもう、逃げない。

「そんな時…私だけ助かろうとは思いません!私も戦います」

そうして戦いリュートは命を落とした。

「へっ陛下…」

だから。

「でもこの子だけは…」

血に濡れた指で、フルートの頬を撫でる。

「ごめんね…お母さん…汚れてて…」

リュートが守った、この子だけは。

「お母さん、いっしょにいけないんだ、ごめん…」

今度こそ、私は逃げないから。

「お母さんなのにね」

そう母親だったのに、守れなかった。

「いっしょに…いけないの」

ごめんね…リュート…フルート…。

「いきますよ!みなさん!!」

慈母の神様…私からリュートを奪ってしまった神様。

「スフォルツェンドを魔族から守るのです!!」

神様…私は命を懸けて戦います!
ですからどうかせめてこの子は。
全てを懸けて、リュートが守ったこの子だけは。



フルートをお守り下さい。






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