花の名は

全ての聖戦が終わった聖域から、星矢と星華のふたりの姉弟が帰国した。
沙織はふたりの父親の屋敷である城戸邸へ姉弟を招いた。
生まれて初めて城戸邸の門をくぐった星華が、花壇の花に目を留めた。
「星の花だわ」
星矢と沙織が花壇に目をやると、一重咲きのアスターが咲いている。
ヨメナやシオンに似た、日本ではひな菊とも呼ばれるキク科の白く可憐な花。
「俺達のかあさんが、星の花と呼んでいた花だ」
星矢の瞼の裏に母の姿が浮かんだ。明日華という名の、和服の似合う楚々とした美人。
都内の外れに建てられた和風の一軒家に、三人の親子は住んでいた。
その猫の額のような庭に植えられていたのと同じ花が、この庭園のような庭にも植えられている。星華はしゃがみ込み、母親似のほっそりとした指で花弁に触れた。
「お母さんは、はな占いをしていたわね」
星華は昔を思い出すような声音で言った。星矢も記憶を辿った。

母さんが自宅の庭から摘むのは、いつも決まって白色のアスターだった。
白い花の花言葉は
「慕う、慕われる」
と星矢は幼い頃に母から聞いたことがある。
「あの人は来る、来ない……」
明日華は白いほっそりとした指ではな占いをしていた。
明日華の言う「あの人」とは、年に何度かデカい黒塗りの車を禿げ男に運転させ、俺たちの家へやって来る男。その度に母親は、紫地に白ひな菊の柄を散らせたお気に入りの着物に着付けをし、ロングヘアはアップに結い上げいつもはしない化粧をし、いそいそと男を出迎える。
「星華と星矢はお外で遊んでいらっしゃい」
そいつがやって来ると、決まって星矢達は表へ出され、家へしばらく帰って来ないよう母親に言い渡された。
「お前達にはこれをやろう」
大きな手が和紙の包みをひとつずつ、二人の姉弟に差し出す。
星華は
「ありがとうございます」
丁寧なお礼の言葉を述べて小遣いを受け取り、星矢はそっぽを向いて受け取ろうとはしない。
「星矢、せっかく下さるのだから受け取りなさい」
明日華が困ったように言った。
「星矢、貰ったものにはお礼をいわなきゃ」
星華が星矢をたしなめるように言った。
母親と姉に同時に言われた男の子は、大きな手から差し出された包みをもぎとって、青畳の上に放り投げた。
「こんなもの、いらねえ!」
少年は叫ぶと、表へと飛び出した。星華が慌てて弟の後を追う。
「ごめんなさい、あなた」
長い睫毛の目を伏せる明日華に、光政が応えた。
「あいつが反抗的なのは、わしの責任じゃ」
うなじにかかる後れ毛をかきあげながら見上げる女の名古屋帯へ、男は手を掛けた。

「おじいさまの好きだった花だわ」
星矢の回想は沙織の言葉に遮られた。
星華と星矢は彼女を同時に見た。
「よく白のアスターを摘んで、私の子供部屋に飾ってくれたわ」
マルガリーテはファウストと結ばれたものの、愛する男は理想の女性を求めて心変わりをし、マルガリーテは失意のうちに死んだ。
母親は星矢が父からの小遣いを投げたあの日から間も無く死に、身寄りの無い星華と星矢は星の子学園に引き取られた。
幼さない星矢の心に「かあさんの亡くなった原因はあの男にある」と焼きついた。
この屋敷に引き取られる前から、城戸光政とその周囲の者に穏やかではない感情を抱いていた。その敵意は孫娘である城戸沙織へも向けられた。
だが、もし父親が子供を産ませた女性達のなかで、明日華の存在が心の中を大きく占め、例え一緒にならなくとも、花を通して、互いを思い合い通じ合っていたとしたら……。
その時にサッと一陣の風が吹き、アスターの白い花びらが一枚、地面にはらりと落ちた。まるで西風の神アイオロスが、はな占いをしたかのように。―結―
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