オリエンタル・リリー

「ハッピーバースデー」
 沙織は星矢から紫色に染まる花束を手渡された。城戸邸の自室の前で手渡された百合の花束に、沙織が顔をうずめ香りを嗅ぐと、オリエンタルな香りがした。沙織にはどこか懐かしささえ覚える香りである。沙織がラッピングへ目をやると見覚えがあった。沙織がいつも読んでいる英字新聞に百合は包まれている。そして沙織が先日に偶然キッチンの前を通った時、に星矢がコックに貰っていた、お菓子の箱へ巻かれていた紫色をしたリボンがクルクル巻かれている。新聞はエッセイなどありふれた記事が英語で印刷されているが、「アムール」や「ジュテーム」や「モナムール」と白いフランス語が印刷されたリボンを見ながら、沙織は意味が分かっているのかしら、とボンヤリ思った。
「沙織さん?」
 怪訝そうな顔をする星矢の声に沙織はハッと我に返り
「ありがとう」
と微笑んだ。その嬉しそうな微笑に星矢は満足気な表情を浮かべた。
「ところで……」
と沙織が星矢の全身を頭の天辺から足の爪先まで見やる。星矢のティーシャツはアチコチ破れ、むき出しの顔や腕には傷が出来て血が滲んでいる。丈夫な生地のブルージーンズは辛うじて破れていない。
「ああ」
と星矢が屈託のない笑みを見せた。
「ちょっと崖から落ちたんだ」
と頭を掻く星矢の言葉に
「崖から……?」
と沙織は気色ばんだ。おそらく星矢が沙織を抱えて、崖から飛び降りた時の事を思い出したのだろう。
「経験したせいでコツを掴んだから、かすり傷で済んだぜ」
と星矢が得意げな顔をする。そんな星矢の腕を片手で掴むと、もう片方の手でドアを開け沙織が自室へ入れた。花束がパサリと廊下に落ちた。
「いきなり何だよ」
と和栗の目をパチクリとさせる星矢に、ヘアドレッサーの前へ腰かけるようにラピスラズリの目で指図をすると、沙織は救急箱を取り出した。沙織はヘアドレッサーへ救急箱を置き、星矢の手当に取り掛かった。
「変わった消毒薬だな」
と星矢がポツリと呟く。袖をまくった赤いティーシャツを沙織に脱がされながら、星矢が目をやった茶色い瓶には、白いラベルが貼られておりギリシャ語で「傷薬」と書いてある。
「私がハーブで手作りをしたの」
と上半身裸になった星矢の身体を見て、内心でコッソリ頬を赤らめつつ沙織が答える。
「へぇー。そういえば知恵と戦いの女神だもんな」
とどこか間の抜けた声で星矢が言った。
沙織はちょっと沁みるけど我慢していてね、などと言いつつ、ピンセットで挟んだ丸い脱脂綿を傷薬に浸し、星矢の傷の手当をしていく。星矢は大人しく沙織のなすがままにされていた。沙織が俯く度にパープルの髪が、星矢の茶色の髪に掛かる。消毒を終えると沙織は星矢の顔をジッと覗き込んだ。
「もう二度と私の為に、危ない真似はしないでね」
と沙織が真剣そのものの顔をする。沙織の超ストレートロングヘアが星矢の茶色をした癖っ毛にかかる。圧倒された星矢がコクッと頷いた。
「どうして崖から?」
と救急箱を片付けながら沙織が星矢に尋ねる。聞けば聖域の崖に生えている百合を取りに行った、のだと星矢は言う。百合なんて今時フラワーショップへ行けば、と言いかける沙織を星矢は制した。聖域にしか生えていない希少な百合で、かつてはアテナのシンボルとして、黄金聖闘士の手によって常にアテナ神殿へ飾られていたのだという。
「訓練中に見かけたんだけど、魔鈴さんにお前に採るのは無理だって言われてさ」
と言われた事が、却って星矢の心に火を付けたらしい。
「いつか採ってやるって思ったんだぜ」
と星を見るかのような遠い目を星矢はした。それで百合の香りに懐かしさを覚えたのだと沙織は納得した。
沙織が自室のドアを開けて、廊下に置き去りにされていた花束を拾い上げる。
「大事にするわ。明日の朝に氷河に凍らせて貰って保存するわね」
と沙織は満面の笑顔を星矢へ向けた。星矢も満面の笑顔になった。そのまま、しばらく二人はお互いの顔をジッと見つめ合っていた。―End.―
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