Love Hotel
「も、申し訳ありません!」
 辰巳が叩頭をした。
 ここはホテルのフロントである。
 沙織とサガとが困ったかのように、視線を交わす。
 フロントではホテルマンやホテルウーマンらが、あちらこちらのホテルへ電話を掛けている。奥から支配人が出てきて
「申し訳ございません」
 身体を直角に折り曲げた。こちらが確認を怠った為に、と続ける支配人をサガは制した。そしてチラリと辰巳へ目をやる。仮にも執事ならば、それ相応の仕事をして貰いたいものだ。かつては教皇として聖域を取り仕切ったサガとしては、辰巳の凡ミスを苦々しく思った。
「オリンピックな為に、どこも一杯です。カプセルホテルなら辛うじてありますが」
 ホテルマンのマネージャーが言った。
「お嬢様をそんな所へ泊められるか」
 辰巳が元はと言えば、沙織とサガの部屋を間違え、シングルルーム一室で予約をしてしまったのだが。
「仕方ありませんね、明日のパーティは抜けられませんし」
 覚悟を決めたかのような口調で沙織は言った。
「私とサガとでシングルへ泊ります」
 その場に居た全員が凍り付いたが、沙織は構わずキーナンバーをホテルウーマンへ尋ねた。666とは私達に相応しい数字ね、と沙織がクスリと笑う。
「サガ、行きますよ」
 沙織が手にしたキャリーケースの持ち手へ慌ててサガが手を掛ける。
「お、お嬢……」
 金魚のように口をパクパクさせる辰巳を沙織は一瞥した。
「私は処女神アテナ、サガは聖域で最も清らかな聖闘士です」
 キッパリと言ってのけると、沙織はエレベーターを目指した。後ろをサガがロックの掛かったブルーとパープルのキャリーケースを二つ引きながら追う。
「13階の666号室、端の部屋ね」
 エレベーターの中で沙織が呟くように言うと、サガが十三階のボタンを押した。二人が無言のまま十三階へ着く。サガがエレベーターの『開』のボタンを押し続けると、沙織は出たら廊下側の『開』のボタンを押した。
「……申し訳ありません」
 サガがケースを両手で引き、エレベーターを出る。二泊とはいえ、それぞれのケースにはドレスとタキシードと着替えが入っている。サガの体格でも大型ケースは手に余る。
 廊下の表示板を見て沙織が部屋へ向かう。後ろをサガがキャリーケースを二つ引きながら追う。
 ドアのキーナンバーを押しロックを解除した沙織が中へ入り「申し訳ありません」と再びサガが室内へ入る。
「どこへ置きましょうか」
 沙織へサガが問う。
「窓際の下へ二つ並べれば良いのではないかしら」
 沙織の提案通りにサガはした。
すると沙織のスマホが鳴った。フロントからである。沙織が応じると、やがてホテルウーマンが、アメニティやガウンなどを持って来た。サガが受け取りデスクや浴室へ置く。
「思ったより広いのね」
 ホテル経営もするグラード財団の総帥として、一度はシングルルームへ泊まってみたかったのだと言う。
「でも辰巳がいつも駄目だって」
 口を尖らせる沙織の唇をサガが吸い黙らせる。そのままシングルベッドへ沙織は押し倒された。二人は恋仲であるが、周囲へは隠し通している。
「……温泉へ行きましょうか」
 長いキスの後に沙織からサガが離れた。
「今日は駄目なのよ」
 月の物がきてしまって、と沙織は俯いた。いつもは純白のドレスだが、それで今 朝に慌ててケースのドレスをブラックのロングドレスと入れ替えていたのか、とサガが合点をする。
 ここはグラード財団の経営するホテルであり、源泉かけ流しが売りだ。沙織とサガは露天風呂も楽しめる家族風呂を予約し、二人で入るのを楽しみにしていた。
「一応タンポンは持って来たけれども」
 外の温泉へ入るのは無理よね、と沙織は更に俯いた。
「では、部屋の風呂へ一緒に入りましようか?高級ホテルとだけあって、シングルルームのバスも温泉の湯だと伺っております」
 え?と沙織が驚きに顔をあげる。タンポンを入れれば問題ないでしょう、それに極秘の関係なので一度は恋人らしい事をしてみたいとサガが言う。その言葉にタンポンを手にユニットバスへ沙織が入る。
「ちょっと待って」
 沙織のドア越しの声にサガは悪戦苦闘を強いられているな、と察した。もしかしたらタンポンを使うのは初めてなのかも知れない。
「入ったわ」
 しばらくしてドアから沙織が顔を覗かせる。サガはガウンを脱ぐと床へハラリと落とした。そのままバスルームへ入る。
浴槽には沙織の手により、既に湯が張られている。サガは白濁色の湯で胡坐をかくと沙織へ
「おいで」
 と誘った。女神アテナが聖闘士に言われるがままバスタブへ浸かる。ザーッとバスタブから温泉がバスルームへと流れた。
 沙織が胡坐をかいたサガへ抱かれる。沙織はサガの逞しい腕に抱かれながら厚い胸板へ顔を埋めた。沙織がトクントクンとサガの波打つ心臓の音を聞く。沙織はサガの生きている証を噛み締めた。
(生き返ってくれて本当に良かった)
 ハーデスを黄金の杖で倒した後に、地上へ戻って来たアテナが目にしたのは、黄泉がえりをした、黄金聖闘士らとカノンの姿であった。黄泉がえってくれれば良いとは念じたけれども、本当に黄泉がえるなんて。
 姉の星華と再会を果たした星矢は、緊急搬入されたギリシャの病院で治療を受けた。回復をするとニッポンの星の子学園へ星華と身を寄せた。そのうちに、星の子学園へ住み込みで働いている、幼馴染の子と星矢が付き合い始めたという噂が沙織の耳に入った。
「そろそろ出ましょうか」
 沙織の身体を冷やさないようにと蒸しタオルを肩へ掛けたタオルをはがしながらサガが言った。沙織が言われるままにバスタブの栓を抜いた。白濁色の湯に隠されていた二人の裸身が露わになる。沙織は思わずサガの身体から目を逸らした。シオン教皇の執務の手伝いをしている為に、陽に焼けていない白い肉体は程よい筋肉がついておりギリシャ彫刻を思わせる。
 シャワーカーテンから出た沙織の髪と体とをエアータオルでサガが拭いていく。シングルのバスルームは狭く、サガと沙織は自然と身体が密着する。沙織はバスルームを出ると使い捨てのショーツを履き、ドレッサーの前で仕上げのドライヤーを掛けた。やがてバスルームから出て来たサガへ沙織はドライヤーを渡した。
 その晩シングルベッドで沙織はサガに抱き締められながら、安らかな黄金色の小宇宙へ包まれた眠りに就いた。
沙織とサガは、ホテルのロビーへ現れた辰巳の運転するベンツで、パーティ会場へ向かった。辰巳は近くのカプセルホテルへ泊ったらしい。沙織は辰巳のブラックスーツの皺へ内心でこっそり溜息を付いた。沙織のドレスとサガのタキシードは、ホテルでアイロンを頼んでいたので皺ひとつない。
パーティ会場へ着いた沙織とサガとは周囲の注目を集めた。沙織は黒いロングドレスを身に着け、サガは白いタキシードを身に着けている。
(思った通りね)
 ギリシャの海を思わせる紺青の髪にギリシャの空の如く青く澄む瞳を持った、気品と知性と美丈夫とさが溢れ出る、神の如き美青年に敵う者などいない。
 たちまちサガの周囲を着飾った女性陣が取り囲む。
「ご出身はどちらで?」
「グラード財団とはどういったご関係で?」
 女性陣がサガを質問責めにする。
 ソファへ座りグレープジュースを口にする沙織へ、サガは困ったような視線を首筋に紋章のように付けられたキスマークへ手をやりながら寄越した。
(どんなにアプローチしても、サガは私の物よ)
 アテナ沙織は口元へアルカティックスマイルを浮かべサガを見やった――End.――
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