沈み魚 B面
「これでやっと……彼女の元へ逝ける」
冥界でカノンが最期に呟いた台詞だった。

カノンがテティスと出会ったのは十三年前も前の事であった。
兄のサガの手によりスニオン岬へ幽閉され、三つ叉の鉾に導かれ海底神殿へ辿り着いたカノンは、海皇ポセイドンの魂へシードラゴンと偽りの名を名乗ったもの
(さて、これからどうしようか)
思案を巡らせていた時に海底神殿を一つの影がよぎった。
(人ひとりいない海底だと思っていたのだが)
驚いたカノンが影を追い掛け捕まえると一人の少女であった。しかも金髪碧眼の可憐な美少女である。品行方正な兄のサガとは違い、悪事ばかりを好んできた弟のカノンである。その悪事の中には女遊びも入っていた。マーメイドのテティスと名乗る、世間ずれをしていない少女を手懐けるのは、カノンにとっては造作も無い事であった。聞けばテティスは親もなくたった一人で海底神殿に棲んでいるのだと言う。
それから十三年の間に二人は濃密な関係を結んでいた。夜になれば冷え冷えとする海底で二人は身体を暖め合い、それはテティスが成長するにつれ互いに愛し合う行為に発展していった。
カノンが不正な手段を持ち入り、手に入れた食料や衣類などを目にし、どこからどうやって持ち込んだのか
気にする事も無く無邪気に喜ぶテティスの姿に違和感を覚えた事があったが、特には気に 止めなかった。
それが人ではなく知恵を持たない人では無い生き物の無知から来る物だと知ったのは、ポセイドンがアテナの壺に封印され魚の姿に戻ったテティスが浜に打ち上げられてからである。
ポセイドンの依代であるジュリアン・ソロを海底神殿へ迎える為に、鱗衣を初めて纏い海闘士となる前に、テティスが一人の女の顔をし愛するカノンへ見せていた無邪気な笑み。
(また会おうな)
ただの骸と化し海に浮かぶ魚を海底の砂に沈ませ珊瑚の墓標を建て、そう心の中で話しかけるとカノンは聖域へと向かった。

「待っていろよ……テティス」
己の犯した罪を贖い人魚へ会いに逝く為に。―Fin.―
- 11 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ