月の眉
三日月の晩である。
「ラダマンティス様、パンドラ様がお呼びですよ」
ハーデス城で、地奇星フログのゼーロスが、天猛星ワイバーンのラダマンティスがいる、部屋のドアをノックした。
「すぐに行くと伝えてくれ」
ラダマンティスはゼーロスへ返事をすると、いくつかある傷の手当の続きに入った。どれもかすり傷だが、きちんと手当をしておかないと、迫りくる有事の際に皆の足を引っ張る事になる。それは冥闘士を束ねる三巨頭の一人として、許される事ではない。傷の手当てを終え、パタンと薬箱の蓋を閉めたラダマンティスは、冥衣を着ると、チラッと壁の肖像画へ目をやってから、部屋を出てパンドラの元へ向かった。
ラダマンティスが、聖母マリアと天使らが描かれた天井画のある部屋へ入る。
「遅くなり申し訳ありません」
黄金のハープが置かれた台座に座り、ぬばまたのロングヘアを床へつきそうなぐらい垂らしたパンドラへ、ラダマンティスは片足をつき頭を垂れると金髪が顔にかかった。
「そなた冥闘士らと喧嘩をしたらしいな」
冥衣から見える箇所に巻かれた包帯を眺めながらパンドラが言った。
「もうすぐアテナめらをやっつける時だというのに、喧嘩をし仲間割れどころではありませんよね」
勝手に付いてきたゼーロスがパンドラへ「イッヒッヒ」と笑いかけた。
(ひき蛙が黙れ!)
ラダマンティスは喉元まで出かかった言葉を、パンドラの前なので飲み込んだ。
「喧嘩の理由を申してみよ」
黙り込むラダマンティスに、パンドラは黒く塗られた爪をハープの弦へと掛けた。するとこれから始まる制裁を予想したラダマンティスが思わず顔をあげた。その左目のみがレッドに光るゴールドの瞳を見た、パンドラのパープルの瞳がはっとした。
(これは……あの時の瞳と同じ)

過去にラダマンティスとパンドラは幼馴染みであった。ある時に近所へ住む同年代の子らが、パンドラの陰口を叩き無視をするようになった。それに我慢が出来なくなったラダマンティスが、何人かの近所の子を相手取り、喧嘩をしたのである。殆ど同年代だが、中には年上の子も居た。あちらこちらに傷を作り服もボロボロになったラダマンティスを、パンドラは家まで送って行った。その時に                  
 パンドラはラダマンティスが父親から
「眉間に毛があるのは気性が荒いという証拠だから、他人の倍は自分を抑えろと言ったじゃないか!」
と怒られているのを聞いた。
更に
「喧嘩の理由は何だ!?」
と父親に聞かれたラダマンティスは黙り込んだ。パンドラを庇っての事らしい。

(あの時と同じ瞳をしている……)
冥闘士が聖戦の為にハーデス城へ集まったのだが、指揮をしている者が女性、しかも十六歳の少女だという事に不満を漏らす者がいた。だがパンドラは耳にしても
(私はハーデス様の姉なのだから)
と気にも留めなかった。
ラダマンティスは父親にコッテリと絞られたらしく、あれ生来の気性の荒さを出来る限り抑えるようになっていた。
(それがまた私の為に怒ってくれたのか)
パンドラがハープへ掛けた手を離すと、ゼーロスが明らかに、がっかりとした顔を見せた。
「喧嘩両成敗という。相手を探し出し話しを聞いた上で、ラダマンティスと共に処罰を考える」
ラダマンティスが何か言いかけたが、パンドラは無視し部屋を出て行った。
「ラダマンティス様の寿命が延びましたね」
胡麻をするかのように笑いかける、ゼーロスをジロリと睨み付けると、ラダマンティスも部屋を出て行った。
パンドラによって探し出された、ラダマンティスの喧嘩相手らには重い処分が下されたという。ラダマンティスの処分は三日間の謹慎であった。――End.――
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