Happy Birhtdey

八月も半ばの夜である。
沙織はカクテル・パーティへ参加をしていた。
「ふぅ」
交流も一つの外交である。月に何度もあるパーティに飽き飽きしていた沙織は、パーティを開いた、ギリシャを拠点とする海運王の屋敷のテラスで小さな溜め息をついた。腰から下まであるパープルのロングヘアが夜風にたなびき、海風が沙織の肌を撫でてゆく。
その時である。
「退屈ですか?」
背後で声がした。
沙織が
「いえ、そんな事は」
と振り返るとマリンブルーの目と合った。アメジストの目で見つめ返した沙織の右手を取った青年は甲へ軽くキスをした。やはりマリンブルーのロングヘアが沙織の手の甲へ掛かる。
「お初にお目に掛かれて光栄です。ミス・沙織」
その言葉に沙織は青年が海商王のひとり息子であるジュリアン・ソロだと気付いた。若き海商王の跡継ぎは、その美貌と頭脳明晰さと財力とから常にパパラッチに追われており、沙織も何度かテレビで彼の姿を見掛けていた。
「こちらも光栄ですわ、ミスター・ソロ」
沙織が優美に微笑むと、ジュリアンも典雅に微笑んだ。これが普通の女性なら、卒倒物の美青年の微笑である。だが、優雅に微笑みながら天翔ける羊・豪放磊落な逞しい牡牛・雄々しく吠える獅子・右手の人差し指を赤く尖らせニヒルに笑う蠍……と、聖域で美丈夫らに囲まれているアテナ沙織には通じなかった。肩透かしを喰らってしまったジュリアンは
「月が綺麗ですね」
と夜空を見上げた。満月が煌々とした光を放っている。
「そうですわね」
沙織がサラリと受け流す。
(この女性は何だ)
ジュリアンは生まれて初めて焦燥感に駆られた。幼少から、天才児だ、ギリシャ彫刻のような容姿だと、常に誉めそやされてきたジュリアンである。もちろん付き合う女性に事欠かなかった。
(この私になびかない女性がいるなんて)
そんなジュリアンを見やった沙織はハッとした。
(この気配は小宇宙!?)
ジュリアンの中に小宇宙しかも巨大な小宇宙が渦巻いているのを沙織は感じた。ジュリアンの小宇宙に、テラスの外へ広がる暗い海が反応を示している。
(そう、海皇ポセイドンの魂が覚醒するのね)
それならば闘いの準備をしなければ。
「失礼を致しますわ」
踵を返す沙織をジュリアンは引き留めた。
「ミス・沙織」
沙織の前に騎士の態勢で跪いたジュリアンは
「私と結婚をして頂けませんか」
と言った。
沙織は呆気に取られたが、すぐに気を取り直した。
「初めてお会いしたばかりですし」
しかも相手はポセイドンである。ジュリアンは断る沙織の目へ目で訴えかけて来た。ジュリアンの目を見た沙織はハッと昔を思い出した。遥か昔に神話の時代にポセイドンはアテナとの諍いをゼウスに和解をさせられ、その後にアテナはポセイドンから、何故か求愛されたアテナは断った。それからアテナが地上の代行者となった時から、ポセイドンとの闘いが始まった。
(地上を我が物にすれば、私も掌中にできると思ったのね)
まるで駄々をこねて、玩具を欲しがる子供ではないか。
「お返事は来月に開かれる、貴方のバースデーパーティーで致しますわ」
沙織が答えると、ジュリアンの顔に落胆と期待の色が混じった。
会場を後にする沙織の後ろ姿を、ジュリアンはいつまでも眺めていた。

そしてジュリアン・ソロの誕生日を迎えた。
バースデーパーティの会場には人いきれがする程に、多くの経済人や著名人や芸能人らが集まっている。
ジュリアンが乾杯の音頭を取ろうとした、その時である。
パーティ会場にどよめきが広がった。男泣きをしつつドアを開けた辰巳を背に、入って来た沙織がゆっくりとした動作で、ジュリアンへ近づいて行く。ギリシゃ風に仕立てられた純白のノースリーブドレスは踵まであり、薄い生地からは美脚のシルエットが露わになっており、ウエストにはブラックのリボンが巻かれている。その様子は綺麗にラッピングされた人形のようだ。
「ミスター・ジュリアン。今夜は先日のお答えを申し上げに来ました」
会場がシーンと静まり返る。来賓が固唾を飲み二人を見守る中、沙織は穏やかな口調で言った。
「貴方のプロポーズをお受け致しますわ」
どっと会場が沸いた。
沙織の真意を知れば、自由に天空を羽ばたく天馬は喚き、自己犠牲の塊な美少年は泣き、廬山の滝を登る龍は滾り、クールガイの少年は冷たい心を更に凍らせ、不死の羽根を持つ鳳凰は怒るだろう。それでも、ジュリアン〜ポセイドン〜の真意を知ってしまったら、沙織はアテナとして選ばなければならない道だった。ギリシャの海運王の彼もニッポンのグラード財団の沙織も、今世で生き残る事があれば、いずれは結婚相手を選ぶのだろうが、そこにはお互い周囲の大人らの思惑が入り交り、望む相手とは結ばれないかもしれない。それだったら、自分を愛してくれる相手を選んだ方が良く、それにハーデスとの闘いまでに、聖闘士を一人も失わずに済むし、海闘士の戦力も手に入る。アテナ沙織とグラード財団総帥としての決断だった。-End.-
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