授業参観
 城戸沙織が小学校へ上がったばかりの頃である。学校から帰って来て、学校指定の鞄を持ち制服を着替えに自室へ入った沙織の様子が、いつもとは違う事に執事の辰巳徳丸は気が付いた。
(何か学校であったのだろうか……?)
 お嬢様お気に入りである、色とりどりのカットフルーツを入れたギリシャヨーグルトの おやつの支度をしながら、辰巳が沈んでいた様子の沙織を気遣う。するとシルクで仕立てられた、ウエストに同布のリボンが巻かれた膝上の白いワンピースへ着替えた沙織が、おやつを食べに食堂へ来た。椅子へチョコンと座り、スプーンでヨーグルトを口へ運ぶ沙織を横目に、ふと思いつくと辰巳は厨房へメイド長の女性を呼び、何やら耳打ちをした。やがてメイド長が持って来たのは、沙織の部屋でゴミ箱へ捨てられていたという、クシャクシャになった藁半紙であった。その紙へ辰巳が目を通すと
「授業参観のお知らせ」
 という文字があった。
 沙織の祖父である城戸光政は、グラード財団のトップであるだけに多忙を極めており、沙織の小学校の入学式にすら、仕事の都合で出席できなかった。そんな祖父が、たかが授業参観へ来るとは、沙織には思えなかったのだろう。
 しばし考え込んだ辰巳の奮闘がその日から始まった。

 授業参観の日がやって来た。平日の昼間であり、教室のロッカーがある後ろには、生徒の母親たち女性ばかりが集まり授業を見守っていた。沙織は背後を伺うと、そっと溜め息を付いた。
 担任教師が黒板へ
「ちょっと難しい問題ですよ。解けるかな?」
算数の数式を黒板へ白いチョークで書いた。
 その時である。教室のドアが開き母親たちの間にざわめきが広がった。何事かと生徒たちが一斉に振り返る。そこにいたのは、辰巳と光政であった。辰巳は黒いお仕着せでチンピラのように似合わないスーツだが、光政は身体に合わせて仕立てられた、白いスーツ姿でこちらは威風堂々と様になっている。光政はまるで、ギリシャ神話に出て来る全知全能の神ゼウスのようである。
 沙織のアメジスト色をした瞳が、星の瞬きの様に輝き
「おじい様」
 声にはならぬ唇が動いた。
「えーと……、分かる子は手を挙げて下さい」
 威風堂々とした光政の姿に、一瞬だが呑まれかけた教師が、気を取り直し生徒へ改めて問いかける。
「はい!」
 沙織が勢いよく椅子から立ち上がり手を挙げ、教師に指されると、パープルのボブヘアを揺らしながら教壇へ向かい、黒板の前へ立つと、数式の答えをスラスラと立て板の水の如く解いていった。
「正解です。よくできました」
 教師に言われた沙織は、光政へ向かい微笑んだ。光政は目を細めて沙織へ頷くと、教室を後にした。光政が沙織の学校で行われた授業参観へ来たのは、それが最初で最後であった。

 光政が亡くなった後になり、沙織は辰巳へ述懐したという。
「ねぇ。あの時は辰巳のお蔭で、おじい様が授業参観へ来てくれたのね。おじい様のスケジュールなど考えて都合を付けてくれて……、短い間だったけれども嬉しかったわ。ありがとうね」
 スキンヘッドの頭を茹で蛸のように真っ赤にさせながら
「滅相もありません」
 辰巳はかぶりをふった。
 そんな辰巳へ、沙織は柔らかく微笑んだ。―End.-
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