4.煙 酔



武鳶が入隊してから数日がたった。
といっても実際に事件に遭遇・担当したのはあの日だけで、その後は屯所内で隊士がサボった仕事や家事全般や隊士のパシr…をしていた。…入隊早々ロクな仕事してねェなアイツ。

おかげで山崎とは良い仲になれたようだ。…ミントンにハマらねェ事を願うぜ。

だが、事に自ら入隊を希望したアイツには少々幻滅させるような思いをさせてきたかもしれないな。

まあそれは今日までは、の話だが。




約十二畳半の部屋に近藤さんと俺と武鳶の三人。

武鳶の正式な立場について話し合う時間がやっと出来たのだ。


「遅くなってすまなかったな。早速だが…」

普段あまりみられない、真面目な顔をした近藤さんが武鳶をそっと見据える。(いつもこうならいいんだけどな…)

「この前の手合わせは見事だった。君の実力は申し分ない!」

この前の――総悟と武鳶の対局の事だ。
真選組一の剣の使い手と恐れられていたあの総悟が、武鳶に苦戦を強いていた。
最終的には総悟が勝利したが、道場を出ていく武鳶をものすごい形相で睨み付けていたのが印象に残っていた。
自分より強いかもしれない奴ってのが気に食わねーんだろう。

「君の実力は隊長レベルだ。だがうちの野郎共の席を譲らせるつもりはねぇ。皆一緒に戦ってきた仲間だからな。」

近藤さん…。

「そこで、だ。柊一くん…副長助勤という立場はどうだろう?」

「は?」

あ。つい声が。
思わず煙草を落としそうになる。
武鳶も少し驚いたようで、眉間に皺をよせていた。

「まあそう驚くな。仕事はいたって簡単だ。トシの手足となり、手助けをしてほしい。」

「おいおい近藤さん、俺にはもう手足がついてるぜ」

「四本あればさらに便利だろ?」

そう言って笑う近藤さんを横目にため息をついた。
真選組は、今は隊毎に別れているが、隊長は副長助勤とされた時期があった。
正直そういうのは俺自身いい気分では無かったし、沖田あたりが文句を言っていた事から今の形になった。

ったく…そんながありながらなんでこの人はそんな事を…

「近藤さん、俺は助勤なんていらねぇ。俺達に必要なのはそういう存在じゃねーんだ。」

「俺は少しでもトシの仕事が減るような存在が必要だと思うぞ?」

「だが近藤さん…「なら仕事を増やす源を無くせばいいじゃないですか」

さっきまでずっと押し黙っていた武鳶が口を開いた。


「それは…事件を起こさないようにするという事か?」

近藤さんが優しく問い掛ける。

「それもそうですが…例えば、本当なら数十分で済む仕事を数時間に増やす隊士がいたりとかしませんか」

「?」

「書類を増やしたり無駄に事件を大きくしたり…」

あー、
なんとなくコイツの言いたい事が分かってきた。


「総悟の事だろ…」

「え!?」

「何驚いてんだ近藤さん…わからなかったのか?」

「全くわからん!」

これだからこの人は。


「是非この私を一番隊に配属していただけないでしょうか」

確かに…一番隊には優秀な剣豪も数名いるし、レベル的にはなかなか良い隊かもしれない。

だがトップはあの沖田だ。今武鳶と沖田の関係は正直言って良くねぇだろうし…

まあそれを承知で本人が望んだなら仕方ねぇ。

「分かった!じゃあ柊一くんは、一番隊隊長補佐という事にしよう!」

「隊長、補佐…?」

補佐、か…
あとは沖田が受け入れるかどうかだろう。


「わかりました。沖田隊長に挨拶、してきます」

「おう、がんばれよ!」

なにを、だ。








屯所の廊下を、土方と二人で歩いている。

沖田に用があるからと俺についてきた土方は、漆黒の髪をかきあげると、少々苛立った様子で煙草に火をつけた。

「……。」

嗅ぎ覚えのあるその匂いが、あの日の俺をうっすらと思い出させる。
血の匂いと共に。


俺が黙り込んでいると土方は居心地悪く感じたらしく、空を仰ぎながら口を開いた。

「ったく近藤さんは余計な事してくれるぜ…」
「局長も副長もお互いの事を想ってるんですね」
「たりめーだ。」

そう言って視線を落とし、まだ煙の出ている煙草を手に取る。

「…近藤さんが俺達の事をどう思ってんのかはわかんねェ。けど俺達は近藤さんの事を想ってここまで突っ走ってきたんだ。死ぬまでこの足をとめるつもりはねぇよ。」

ふと立ち止まる。
目の前には目的地である部屋の襖があった。

煙草の馨りが、俺の目に、鼻に、口に、身体中にまとわりついてくる。

その匂いは振り払おうとしてもとれなかった。
煙草持ち主である土方はそれを咥え直し、襖を勢いよく開けた。





4-END






リゼ