自由


「いいよなぁ、雲はほんとに自由で」

決まって戦の後、彼は空を見てぼんやりそうつぶやく。
全く緊張感がないその横顔は、自分よりも十近く年上だというのにまるで少年のようにあどけない。

そんな彼が、本気になるとたった一人で百の兵を相手に善戦してしまうというのだから、人間わからないものである。

姜維は、そんな彼に皮肉混じりに言う。
「自由すぎるんじゃないですか、あなたは」
しかし、いつだってふわふわ浮かんでいる彼にそんな皮肉は通じないらしく、
「それもそっか」
と、いたずらっぽい笑みを浮かべて言うだけだった。

そんな彼を、姜維は言葉には出さずとも、内心羨ましく思った。


今の時代、本当の自由を知る人間が、一体どれだけいるのだろう。

自分も含め、どれだけ彼のような自由な心を持てるのだろう。

自分は先達たちの意思を受け継ぎ、自分から望んで戦いに身を投じた。後悔などあろうはずもなく、ただ毎日がせわしなく、満ち足りすぎるほどに満ち足りている。

対して彼は、命を狙われたとはいえ、自らの安寧のために、あろうことか一番の敵国に身を寄せた男。
裏切り者。
忠誠・忠義の対岸にいる男。

それでも、この男を見ているとなぜだか、羨望のような、嫉妬のような、複雑な感情も同時に沸き上がってくる。
そんな自分が、姜維には驚きだった。

この男と会って久しくなるが、最初から今まで、彼には驚かされてばかりだ。


「本当に・・雲になれたらいいのに」

言ったその時、隣の彼が変な顔をしてこちらを見ていることに気付き、姜維はあわてて咳払いをした。
が、もちろんごまかしきれるはずもなく、気がつけば夏候覇のニヤニヤ顔が目の前にあった。

「ふーん、あんたの口からそんな言葉が聞けるとは思わなかった」
「そうだろうか」
「そうそう。あんたは、いつだって身動き取れない自分を楽しんでるからさ。」
「・・・そんなつもりは、まるでないのですが」
「んー、俺にはそんな楽しみを邪魔する権利なんてないんだろうけどさ、さっきの言葉言ってたときの姜維、ちょっとドキっとした」
「ドキっと・・・?」
「そ、かわいくて」

唐突な言葉に、ぽかん、とする一瞬の隙をつかれた。

気がついたら、ふんわりする温かさと一緒に、唇にやわらかいものが触れていた。


「へっへ、スキあり!ってなー」

やってやった、とガッツポーズをする夏候覇は、やはり無邪気な少年にしか見えない。


ああもう、この人は・・・。


姜維は、にやりと笑った。

「・・・よし、指揮官に対する反逆罪で更迭される覚悟は出来てるみたいですね」
「え・・・」
「それでは、夏候覇殿には即刻、南中に・・・」
「だーー、悪かったって!許して!!暑いの嫌だ!!!」
「では、次の北伐では先陣でがんばっていただくとしましょう。それでいいですね?」
「本当、お前って俺の使い方うまいよなー・・・」


一瞬の間の後、彼らは同時に大声で笑った。

二人分の笑い声はとても爽やかに、そして空虚に青空へと消えていった。





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夏候覇存命中の姜維は、色んな面で助けられていたと思う。
ほっこり覇姜大好きです。
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