土器(前編)
仕事が早々に済んだ日の昼下がりは実に気持ちがいい。
つみあがった処理済みの書類の山を手で叩いて感触を確かめ、鍾会は満足の笑みを浮かべた。
凡人ならば丸一日はかかるであろう量だが、自分にかかればこんなものである。

仕事があがるであろうタイミングにあわせて用意をした茶器の中も、いい感じに味が出ているようだ。
この完璧さは、さすがは自分である。

さて、書いた書類をひもでまとめ、優雅に茶を飲んで一息つこうか、と思った丁度そのとき、部屋のドアが大きな音を立てて開かれた。

「よ、鍾会、いるかー?」

現れたのは、この国の一応、最高権力者。
緊張感のないにやにやした顔は相変わらずだ。

「どうしたんですか司馬昭殿。なにか用事でも?」
「いやー、なんかヒマになったからちょっと顔出しに来たんだよ。お前、仕事は?」
「丁度今終わったところですが・・・」
「なら、ちょっと入り浸らせてもらうぜ」

言うが早いか、鍾会の部屋に入ってきた司馬昭は、適当に部屋を物色するように見回して机の上の茶淹れに目をつけ、

「お、茶がはいってるな」

うれしそうに茶碗に茶を注ぎ始めた。

その、いかにも勝手知ったる様子に、鍾会は盛大にため息をついた。

「毎日毎日お気楽でいいですね、あなたは。仕事があるんじゃないですか?」
「あー、いいのいいの。俺、コツコツ仕事するとか性に合わないし」

やはり、やるべき仕事をすっぽかしてきたらしい。
ヒマになった、というか、この男のヒマはいつだって無理やり作られているものだということはこの国の役人たちの間では周知の事実だ。
そして、なにかと理由をつけては部屋にずかずか上がりこまれ、暇つぶしのタネにされるのにも、鍾会をはじめ、皆すっかり慣れてしまっていた。
普通ならば来客を呼び止めて部屋まで案内するはずの侍従も、司馬昭には顔パスで通してしまうあたり困ったものである。

今更特に咎めるものがいない中、唯一彼に苦言を呈し続けてる王家の娘は今頃、すっぽかされた大量の書類をにらみつけて、どうやってこのちゃらんぽらんな男に灸をすえてやるかを苦心しているに違いない。
・・・それは、少しいい気味ではあるが。


「はー、茶うめえ」
本人は、周りの気苦労など知りもせずにのんきなものである。
仕方なく、鍾会は残っていた茶を(茶碗の半分しかなかったが)そそいで、茶菓子がないな、とぼやいている司馬昭の正面に座った。

「それを飲んだら出て行ってもらえますか?午後の時間は一人で優雅に過ごそうと思っていたので」
「いいじゃねえか。一人でいたってどうせなんにもしないんだろ?」
「なにもしないのが、いいんですよ。やたらめったら騒ぐのではなくて、こういう無の状態を大事にして英気を養うというのも大事なことだと思いますけどね」
ふん、と鼻を鳴らして、今、自分は実にいいことを言ったな、と感慨にふけっていたのもつかの間。司馬昭ののんきな声に、いい気分はばっさりと打ち切られた。
「なあ鍾会、あれなんだ?」
「ちょ・・・私の話を聞いてないんですか」
「いやいや、そんなことどうでもいいからさ。あの、棚に飾ってあるの、何?」

司馬昭が指差した先には、几帳面に整頓された棚の雑貨品に混ざって、不恰好な二つのツボのようなものがあった。

ああ、それは・・・と鍾会が言いよどんでいる間に、司馬昭はさっさとその棚に向かい、ツボを二つとも手に取っていた。
どうやら相当古いものらしく、近くで見てみると、ところどころ欠けたり模様がはげてしまっているのも目に付く。

「ふーん、土で出来てんだ。なんかこう・・・すげー年代モノって感じだけど、お前にこんな趣味があったんだな」
「・・・別に、私の趣味じゃないですよ。」

一層不機嫌そうになった鍾会に、司馬昭はただならぬ気配を感じた。

これは、なにかある。

根拠は・・・遊び人として鳴らしてきた男の・・カンである。

「え、なに?ってことはまさか・・・誰かからの贈り物とかそんなやつ?」
「・・・贈り物、には違いないですね」


「その話、詳しく聞かせろよ」

強く言って、う、と言いよどんだ鍾会にぐいっと顔を近づける。

絶対逃がさないぞ、という合図は、どうやらしっかり伝わったようだ。





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