遊興(前編)
三国無双6猛将伝ネタバレを含みます




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「ようやく一段落、か」

開発担当の文官から書簡を受け取り、トウ艾はそれを、新調した服の懐にしまいこんだ。

やっと、ここまでこぎつけた。

民の暮らす空間ばかりに目が行っていて、役所等の為政設備まで手が回っていなかったが、ここにきてやっとこの都市にも立派な役場が完成の運びとなった。

当初ここにやってきたばかりの頃は、まともに夜露がしのげそうな建物もなかったのだから、随分な変化だと言ってもいい。
先ほど視察を終えた、すでに完成している市場や大通りは、民たちで今日もにぎわっていた。

トウ艾は、満足げに腕を組んだ。
ここまで長かったが、予想よりはかなり早くこぎつけることが出来た。ひとまず自分の任務は完了だろう。

「トウ艾殿、ここにいたんですか」
感慨深く役場を眺めているトウ艾にめんどくさそうに声をかけてきたのは、副官の役を担ってくれている鍾会だった。

元々、トウ艾に司馬昭から与えられた任務は、鍾会と二人で廃墟となった都市を復興させて流通の拠点としてよみがえらせることだった。二人が来た当初は廃墟だったが、ここは昔、都に物資を運ぶ商人たちが行き来し、それなりの活気もあった街だったという。戦に巻き込まれる形で荒れ果ててはしまっているものの、地理的な利点としっかりした基盤があるという意味では、また元通り再興させることはそう難しくもない。
それでも鍾会とトウ艾という二人をわざわざ派遣したということは、司馬昭は早急なこの場所の復旧を望んでいるのだろう、と、トウ艾は感じていた。何度も姜維の北伐は退けているものの、なおも戦は続く。物資の輸送ルート確保は、重要だった。

「鍾会殿。さきほど書簡を受け取りました。ありがとうございます」
「あの建物が完成すれば当初の復興案は達成したということでいいでしょうね」
「ええ。あれほど荒れ果てていた都市が、ずいぶんと立派になったものだ。今では民も増えて、彼らもとても住みやすく暮らしていると聞いています」
「ふん、副官としての私の働きがよかったからですよ。あなた一人じゃ、こうはいかなかったでしょうね」
「まったくだ。自分は気が回らない性ゆえ、このような細かい発展計画はままならなかったでしょう。このようにこの都市が発展したのも、鍾会殿のお力があったゆえです。」

さきほど文官を通じて受け取った、鍾会の書いた書簡に目を通して、トウ艾は言った。
文字がびっしり書き込まれながらも、整然とととのって理論的な文章は非常に読みやすく、内容の理解もたやすい。その意味で、この仕事は実に鍾会にあっているものだった。
その隅のほうにひっそりと描かれている絵図が、おそらく建物の上に飾り付ける龍の銅像を描いているのだろうが、どう見てもミミズにトサカをつけたようにしか見えないのも実に彼らしい。

鍾会は、ふん、と再度鼻を鳴らして顔を背けた。なにか気を悪くさせたのだろうか、と心配したが、鍾会の足が何かをこらえるように地面をしきりにかき回しているのを見て、トウ艾は思わず顔に笑みを浮かべた。

今、この都市の太守はトウ艾。そして副官は鍾会、ということになっている。

本来なら派遣された二人の立場は対等で、どちらが上だということはなかったのだが、赴任先に到着したとたん、鍾会がこう言い出した。
「仕事を迅速に行ううえでも、どちらが太守になるのか決めておいたほうがいいんじゃありませんか」

別に二人が共同で太守の任を行ってもよいのではないだろうか、とトウ艾は思ったが、平静を装いつつも何か並々ならぬものを燃やしている様子の鍾会を前に、それは言葉に出せず、流されるがままに太守決めが行われることとなった。
さてどうやって決めるか、となったときに、鍾会がおもむろに碁盤を取り出した。
どうやら、こうなると見越してわざわざ洛陽から持ってきたらしい。

「正々堂々、これで決めようじゃないですか」

準備がいいな、さすが鍾会殿。と感心するトウ艾に断る理由はなく、そのまま、荒れ果てた建物の中で二人は碁を打ち始めた。

打ち始めてしばらくは、圧倒的に鍾会が優勢に事を運んでいた。
だが、あと一息、というところで勝機が見えて油断したのだろうか、その勢いは長くは続かず、徐々にトウ艾は状況を押していき、ついには完全に鍾会を追い込んだ。
だが、局面が最終盤をむかえ、もうどうしても挽回のしようはなくなっても、鍾会はあきらめるそぶりをまったく見せなかった。
しかし、先ほどから一向に彼の手は動かず、むう、とか、くう、とか、散々に悩む声ばかりが聞こえてくる。
もう、どれほど時間が経ったのだろうか。
「あの、鍾会殿」
耐えかねて声をかけると、すさまじい怒声が返ってきた。
「うるさい!ちょっと待っててくださいよ!今考えてるんだ!」
もうこうなってしまっては打つ手はない。彼の好きなようにやらせよう。トウ艾は、目を瞑って、いつまでも待機できるよう姿勢を整えた。

そしてその後、参りました、と聞き取るのが困難なほど小さい声が鍾会の口から発せられたのは、それから一刻以上が経ってからだった。

トウ艾に、太守の立場に固執する理由はない。
決着直後、あまりに悔しそうな鍾会の様子がいたたまれなく、
「別に、自分が副官でも・・・」と言い掛けたとたんに
「あなたはどこまで私を侮辱する気なんですか!」とさらに機嫌を悪くされてしまったので、トウ艾はそれ以上何も言い出せなかった。
自分で言い出した手前、従わないわけにもいかなくなったのだろう。

結局、太守はトウ艾、副官が鍾会、ということで決着はついた。

任務を開始した直後はふてくされてほとんど口をきいてはもらえなかったが、それでも、共に都市の復興という任務をこなしているうちに、じょじょに気まずい雰囲気は解消されていった。
鍾会も、ともすれば太守以上に多忙な副官としての仕事にやりがいを見出したのか、復興案を立てている近頃の彼の顔は、目に見えて生き生きしていた。自分がこの都市を支えているのだと、その自信が彼の顔からは見て取れる。

「そうだ、トウ艾殿。以前言っていた居住区整備のめどが立ちましたよ。これでこの都市の発展はほぼ完了したと言っていいでしょう」
「ありがとうございます。では、自分たちの洛陽への帰還も近いですな」
「そうですね。ようやくこの田舎くさい土地から離れられるかと思うとせいせいします」
そう言いつつも、鍾会の目線が完成したばかりの役場から離れないのを、トウ艾は見ていた。
これは、建築開始から完成まで彼が担当した、この街の象徴とも言える建物。
なんだかんだと言いつつも、この街に対する未練は感じているのだろうか。

そう考え、トウ艾は以前から考えていたあることを思い出した。


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