アレクセイ=ディノイアの炊事(前編)
現パロアレシュです。
アレクセイは企業の社長、シュヴァは高校教師(元・アレクセイの秘書)
二人は同居しています。











「もうだめかも知れん」

夕方、カラスが鳴くから帰ろうか、と子供たちが遊び場から撤退する時間帯。
電気もついていない薄暗い部屋で、アレクセイ=ディノイアは、臨終の間際のような声でつぶやいた。


「我慢の限界だ。おかしくなってしまいそうだ」

我慢すること、実に3日と少しの間。彼はよく耐えた。耐えに耐え抜いた。
しかし、それもどうやらここまでのようだ。
昨日の夜からどことなく体調が悪くなり、いよいよ今日の昼からは手足が震え、動悸がする等の禁断症状まで出始めた。

常に気力に満ち、弱さなど全く似合わない彼を、ここまで追い込む原因。それは・・・


「シュヴァーンが・・・シュヴァーンが足りん!!!!」


彼の悲痛な叫び声は、たった一人しかいない広い部屋に延々とこだました。



アレクセイ=ディノイアの愛しい同居人・シュヴァーン=オルトレインが、担当している学年の修学旅行のために4日家を空けることになったのは今から数ヶ月前。

アレクセイは、自身の全権力を駆使してそれを阻止するべく奮闘した。

学校にいくらかばかりの投資をしている立場の特権を最大限に使い、引率の担当を変えるように、むしろ修学旅行など中止にするように、果ては「どうしてもというのなら修学旅行に私も連れて行け、」ととんでもない要求を次々つきつけた。


彼としては、至極まともなことを言っているつもりである。
なにしろ、シュヴァーンと4日以上会えないなど、彼にとっては死刑宣告と同じなのだ。
なぜ、自分が投資している学校の修学旅行に殺されなければならないのだろう。

そんなこんなで、アレクセイのモンスターペアレンツもびっくりな要求はぶっ通しで3時間にもわたった。

しかし、その長い長い戦いは結局

「僕はいい歳をした男二人の甘い痴態を四日間も見ていたくありません」

というヨーデル理事長代理の鶴の一声によって、あっという間に終止符を打たれたのだった。




そうして、泣く泣く留守番を余儀なくされたアレクセイが涙ながらにシュヴァーンを見送ったのが、4日前の朝である。


「それじゃあ、社長。言ったとおり、冷凍庫に4日ぶんのごはんとおかずが入っていますから、チンして食べてください。洗物は食器洗い機に入れてボタンを押すのを忘れないように。洗濯物はかごに入れておくだけで大丈夫ですからね。」

4日分の荷物がつまったバッグを持ち上げながら、シュヴァーンが言った。
その荷物の大きさが、そのまま自分のこれからの孤独の量を示しているようで。
今すぐにでもその荷物をぶちまけたくなる気持ちを、アレクセイは必死でおさえこんだ。

「ああ、わかっている。君は大丈夫か、シュヴァーン。忘れ物はないか?」
「だ、大丈夫ですよ。前日も二人であれだけ確認したじゃないですか」
「いや、しかし、もしものことがあったらと思うと・・・」
「もう、あなたは俺の保護者ですか」
苦笑するシュヴァーンに対し、アレクセイの顔は真剣そのものだ。
「仕方ないだろう。君のことが心配なのだから」
「・・・大丈夫ですよ、ちゃんと4日経ったら帰ってきますから。それまで寂しいですけど、帰ってきたらたくさん話をしましょう。話せなかった日の分まで、じっくりと」
だから、ね、と微笑みながら言われ、アレクセイは思わず恥ずかしくなって顔を背けた。
保護者を気取っていたつもりが、いつの間にかワガママを言って母親になだめすかされる子供になってしまったような気分だ。

「・・ああ、待っているよ」

「それじゃあ、行ってきます」

別れ際のキスは、なんともすっぱい味がした。





それから、今日で4日目が経った。
よく持ったものだと自分でも思う。


しかし、その忍耐も今日で終わりだ。
あと少しでシュヴァーンが帰宅する時刻である。

これで、この地獄から開放され、一気に天国がやってくるのだ。

はやる気持ちと同時に、今まで待ち遠しく思う気持ちに抑制されていた生理的な音が腹から響いた。

「腹が・・・減ったな」

夕方には戻るとのことだったので、シュヴァーンは4日目の夕食は冷凍庫に残していかなかった。
きっと、帰ってくる日にはアレクセイに出来立てのものを食べさせたいという心遣いだろう。そんな気持ちがなによりもうれしい。

そんなやさしいシュヴァーンのことを考えると、ますます禁断症状が悪化してくる。

今すぐにシュヴァーンに触れたい。なでさすりたい。
愛の言葉を交わして、激しく抱き合って、腕を絡ませて。
そして・・・・・・。

そこまで妄想が進んだところで、
突然、けたたましいバイブ音が机上から鳴り響いた。
発信源は、最近最新式に換えた、アレクセイの新しい携帯。

あわてて取り上げてみると、送り主の名前欄に、待ちに待った名前が点灯していた。



『あと少ししたら、学校近くの駅までつきます。
駅に着いたら夕飯の買い物をして帰ります。

腕によりをかけて夕飯作りますね(^^)

ご飯だけ炊いておいてもらえますか?』


待ちに待った、恋人からのメール。

ただそれだけのメールの内容でも、踊るような心地だった。


そして、そのいとしい人からのお願い事。

4日ぶりに愛する者が帰宅するのだ。
米をたく?たやすいことだ。
なんだってやってやろうではないか。


・・・だが。


ここで一つ、アレクセイは自身のあることに気がついた。


「米のたき方が・・・分からん。」


そう、彼は生まれてからただの一度も、自分で炊飯器を使ったことがなかったのである。

実家には常に女中が待機していてまず台所に入る機会が皆無であったし、同居を始めてからも炊事の類は全てシュヴァーンの仕事で、アレクセイは包丁に触れるどころか冷蔵庫の野菜室を開けたことすらなかった。


「確か・・・米は、洗ってから炊くものだったな」
そのくらいは常識の範囲でなんとなく分かる。
それから、米は水をたっぷり入れて炊くものだということも。

が、それ以上はさっぱりだ。

幼いころから学問に長け、複雑な数式や幾何学の解析に関していくつか賞をとったこともある彼だが、こと米については全く専門外である。
一体どうしたらいいのか、検討すらつかない。


「うむ。・・・とりあえず、米はどこにあるだろうか」

アレクセイは、ひとまず以前シュヴァーンが用意していた光景を思い出してみることにした。
彼は、台所の足元にある戸棚をあけた。
そこには、大き目のボタンが三つ並んだタンクのような物体が、ぽつりとあった。
たしか、このボタンを押せば、米が出てくるのだった。それをシュヴァーンは炊飯器の中の釜に移して流し台でなにやらわしゃわしゃと音を立てていた気がする。

では米を・・・と思い、ボタンの上部を見て、アレクセイの思考が停止した。
三つのボタンには、それぞれ、

1合、2合、3合

という数字と謎の単位が割り振られている。
数字のほうはともかく、単位のほうは今まで、彼には目にしたこともないものだ。


「あう・・・???」

1あう、2あう、3あう。
一体なにが合致するのかわからないが、とりあえず「1合」のボタンを押してみる。
ざああ、と小気味のいい音と共に、下の受け皿に米が落ちてきた。

「なるほど、これが1あう分の米なのだな」

つまり、「合」は米の量を表す単位とみて間違いなさそうである。
合点して、今度は具体的な分量を見るためにその米を自分の茶碗にうつしてみた。
大体茶碗一杯分、というところだろう。
だが、今回は彼とシュヴァーンの分、二人分を炊かなければいけないのだ。
「1あう」では少ない。
そこで出てきた分を一度中に戻し、今度は「2合」のボタンを押して量を確認してみる。

今度は、茶碗二杯より少し多いくらいの米が受け皿にたまった。

「なるほどな、つまり「あう」とは、茶碗一杯分を表す単位ということか」

なんとなく分かった気がして、安堵を覚える。
どうなることかと思ったが、やはり人間やる気になればなんでもできるものである。

と、ここまできてアレクセイは、以前シュヴァーンがこんなことを言っていたのを思い出していた。

「忙しい時に役に立つので、俺は極力米は多めに炊いて、残りは冷凍するようにしてるんです。そうしたら、温めてすぐに食べられるんで便利なんですよ」

たしかに、冷凍庫にはいつも米をラップで包んだものが常備されていた。
シュヴァーンのいないこの四日間でアレクセイが全て食べてしまったが、つまりその分を補充する意味でも、今回米は多く炊いておくにこしたことはないだろう。

デキる男は、常に物事の先を見ておくものである。

そして、帰宅シュヴァーンは自分に感謝するのだ。


「さすが大将・・・お願いしていないのに、保存する分まで炊いていてくれるなんて・・・!そんなあなたが好き・・・!抱いてください!!」



「うむ、多めに炊くとしよう」

素敵な妄想にひたりながら、アレクセイはもう一度2あうのボタンを押した。

なかなかの量になったが、まあ、こんなものだろうか。


なんだ。知らなくても、なんとかなるではないか。

実際、ここまでなんの障害もなくうまくいっている。

アレクセイは、つくづく自分の才能が恐ろしくなったのであった。



>NEXT・・・。
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