ripples
TOVとポップンのジャンル越境話です。
苦手な方はバックお願いします。
ポップンを知らない方でも大丈夫です。(なんかよくわからない子供だと思ってください)






さざなみが、寄せては還して、砂に書いた文字をぜんぶ消していく。

ぼくの書いた文字。

昔昔にならって、今までずうっと忘れてた、書く、っていうこと。

だから、ぼくが書けるのはたったの二文字。

今のぼくにはそれがせいいっぱいで、それでも、十分すぎるくらい。

ぼくの伝えたい気持ちを、たった二つで伝えちゃうんだから、文字ってすごい。



ざざあ、ざざあ、と、さっきから波は忙しそうに、ぼくの文字を海へ海へ運び続けている。

今までずっと、ぼくはそれしかできなくなっちゃったみたいに、ずっとそればかりくりかえしていた。



流されていった二つの文字は、どうなっちゃうんだろう。


ぼくはぼんやり考える。

たぶん、きっと、海の奥の奥の方へ帰っていく波にくっついて、一緒に海の深くまで行くんだ。

お魚さんと一緒に水の中を漂って、さんごさんと仲良しになって、おっきなくじらさんに飲みこまれて、ピノキオだってびっくりな大冒険をする。

そうして、最後には海の底にたどりついて、そこでずうっと待っている人へ、ぼくの気持ちを伝えるの。


僕が、20回目の文字を書き終わった時、じゃりじゃりと砂をふむ音がした。

遠くてよくわからないけど、それは、人みたいだった。

その人は、ふらふらと今にも倒れちゃいそうな足取りで、でも一歩一歩ちゃんとぼくの方に向かって歩いてくる。
そういえば、お酒が入った人って、こんな風になるんだったっけ。

ようやくこっちから顔が見えるくらいに近づいてきたとき、その人が、ぽつりと歌った。


歌だ、と思って、でも違った。


たった五文字の歌なんて聞いたことない。

でも、そのなかにはいっぱいの気持ちがつまっていて、それはやっぱり歌声に似ていた。
体に入ってきたそのすっぱくなるような気持ちが、ぐるぐる回ってぼくの中をかきまわす。



その人は、おじさんだった。

だぶだぶで、目にちかちかする色の洋服を着て、ぼさぼさの髪を後ろで一本に束ねていて、顔はそこそこかっこいいのになんだかダサい。
しっかりした鼻と、ちょっと開いた口ははっきりしているのに、ちゃんと開いているはずの目だけが、ちっとも印象に残らなかった。

「子供?」

おじさんは、ぼくのほうに気がついてぎゅっと眉を顔の真ん中に寄せた。

ぼくはちょっとむっとして、おじさんの声色を真似して

「おじさん?」

と言い返した。

今度は、おじさんがぼくのようにむっとして

「おじさん、って、失礼ね」

と言った。

ぼくはびっくりした。
さっきの歌声とはまるで違った、高くておちゃらけた声だったから。

一瞬でさっきのおじさんがテレポートして、どこかから別のおじさんを連れてきたのかと思ったけど、目の前にいるおじさんの格好は、さっきと全く変わってなかった。

「だって、おじさん、さっきぼくのこと、子供、って言ったでしょ。ぼくは子供って名前じゃないよ。だから、ぼくもおじさんのことおじさんって呼ぶの」
「ああ、そう」

めんどうくさそうに、おじさんは頭を乱暴にかき乱した。
そう言っても名前を聞かれなかったから、ぼくは絶対名乗ってやるものかと思った。


ぼくは、おじさんをじろじろと見た。
あんまり人を眺めちゃ失礼なんだぞ、と言われているけど、気にするもんか。

おじさんは、顔はきれいなんだけど、おひげをちゃんとそっていなくて、やっぱりかっこよくなかった。
いかにもくたびれたおじさん、って感じだ。
けど、ぼくは、そんなおじさんには似合わない、ちょっと不思議なものに気がついた。
おじさんの右手には、赤くて、変な形をしたお花が束になって握られていた。
ぼくは、ひまわりとか桜とかは知ってるけど、こんなお花は知らない。


「お花?」
ぼくは思わず口に出した。

「ん?これ?」
おじさんは、自分でも今気づいたような口調で言った。

「きれいでしょ。おっさんの好きな花なのよ。まあ、花の名前をこれくらいしか知らないってだけだけど。あとはひまわりとか桜くらい」
「おじさんにお花は似合わないよ」
「・・・失敬な。って、まあこれは俺用の花じゃないけどね」
「じゃあ、誰の?」
「これから、献花するのよ」
「けんか?」
「海に放るの、この花を」
「放るの?」
「そ、弔いにね」
「とむらいってなに?」
「なんかお前さん、聞いてばっかだね」
「だって知らないんだもん」

知らないのは気持ち悪いもん、と言うと、はあ、とため息をついて、おじさんがぼくの隣に座った。
やわらかい砂が、そこだけ少し沈む。

「この海の下にはね、おっさんの思い出が眠ってるの」
「思い出?」
「そ、思い出……と、それをくれた人が」

遠い目をして、おじさんは海を見た。
波はあいかわらず優しくて、お日さまの照り返しできらきらと光っていた。

きっと、おじさんが見ているその先に、その思い出の人がいるんだろうな、とぼくは思った。
ぼくにも、分かる。

ぼくにも、昔々に海のそこにいっちゃった大切な人がいるもの。


「どうして、その人は海の下に行っちゃったの?」
「んー、そうねえ」

いかにも難しい、って顔をして、おじさんはちょっと考えた後、ぽつりぽつりと語りだした。

「おっきな夢見て、一人で必死にそれ支えて、結局耐え切れなくなって、つぶされちゃった、ってとこかね。俺はそれを、ただ見ていることしか出来なかった」
「助けてあげなかったの?」
「そのとき、目を瞑ってたからね。なんにも見えなかったのよ」
「見えなかったのに、見ることしかできなかったの?」
「・・・お前さん、知ってて聞いてる?」
「わかんないから聞いてるの」

わかることはわかるから、最初から聞いたりなんてしない。
わかんないことは、そのままにしておいたらなんだか気持ち悪くていやだ。


「見ることしかできなかった、っていうか、それだけしかしなかったんだな」

「「なんで、見ることしかしなかったの?」」

ぼくはぎょっとした。


なんで、おじさんの声がぼくの声とぴったりかさなるのさ!


言うと思った、と、おじさんは意地悪っぽく笑った。

「馬鹿だったんだよ。コノヒトならダイジョウブ、って、自分自身にわけのわからんいい聞かせをしてさ。あの人だって、俺とおんなじ人間だってことも忘れてた。それこそ、まるで全身が金属で出来た鉄人みたいに思ってて。あの人が俺を抱く腕は、俺なんかよりずっとあったかかったのに」
「金属でできた人間なんているはずないよ」
「・・・そうね。でも、そんなことを考えてごまかさなきゃやってられないくらいに、俺はあの人に向き合うのからずっと逃げてたのよ。なにか言うことで、いつの間にかはぐれてたのを実感させられるのが怖くて仕方がなくて、幻でも上っ面でもなんでもいいから、あの人のそばにいれたら幸せだと思ってた。」
「違うよ、おじさん、そばにいるだけで幸せなんて、あるわけないよ。話をして、目を合わせて、手をつないで、気持ちが伝わるから幸せなんだよ。だって人間には言葉と気持ちがあるんだもん。」

ぼくは、おもわず大きな声を出してしまった。

もし、ただ「存在」っていうだけで人と人とが通じ合えるのだとしたら、この世界に音楽は生まれなかった。

音楽のない世界。

音楽をカンリするお仕事をする神がいらない世界。そして、ぼくが生まれない世界。
そんなの、いやだよ。

おじさんはきょとんとした顔をしていたけど、しばらくして、声をあげて笑った。
本当に、心から楽しいっていう笑い方だった。

「お前さんは正直だね。うらやましいわ。おっさん、かっこわるいね」
「うん、おじさん、かっこ悪い」

ふふ、と笑うおじさんの目が、いつの間にかじんわりとぬれていた。
ぼくは初めて、そのときおじさんの目をしっかりと見ることができた。

最初はひとしずく、そして、それがきっかけになって、それは次から次へとあふれ出して、砂の乾いた部分にぽたりぽたりと滴った。

「俺は、俺はなにをすればよかったの?とめられるものなら止めたかった。俺は気づいてた。あの人が変わっていくのを。だんだん笑わなくなって、代わりに、ぞっとするくらい冷たい目を平気でするようになって、いよいよおかしくなっていって。気づいていたのに。このままじゃあの人がどうにかなってしまうことくらい、分かっていたのに。でも、どうしていいかわからなかったんだよ。言ったら俺はあの人から置いていかれてしまう。俺は、平気だった。道具みたいに使われても、畜生同然に見られても。そんなことより、なにより、二人の道が分かれてしまって、あの人が俺のほうを向いてくれなくなるのがこわかったんだ」

おじさんは、わあわあと泣いた。
まるで赤ちゃんみたいに気持ちを爆発させて。

「ごめんなさい、ごめんなさい。許してください。俺はエゴであなたを殺した。あんなにそばにいたっていうのに。あんなに、狂いそうなくらいに好きだったのに、俺はあなたを殺してしまった」

たぶん、これは今まで溜め込んでいた、なにも混ざらないおじさんの気持ち。
ぼくは、それが歌になるのを感じた。

ひどい音だけど、澄んでいて心地のいい音楽。


ぼくは、震えるおじさんをそっと手で抱きしめて、そっと自分の胸に導いた。

ぼくがいつもそうされてきたように。


おじさんは、自分よりもちいさいぼくの胸にぎゅうっと顔をおしつけて、いっそう高い声を上げて、泣いた。





さざ波は、ぼくたちが話している間にも、ずっと陸から砂を海に運び続けている。

さっき書いて、もうとっくに波につれていかれちゃったぼくの二文字は、今はきっと、海のそこまでたどりついて、そこで待ってる、お料理上手なあの人が読んでいるころ。



ざざあ、という音がおじさんの歌声をかき消していく。

きっと、その音に乗せたおじさんの気持ちを、海のそこにいる大事な人に運んでいってあげるんだろうな。



ぼくは、おじさんを抱きしめながらさざ波に思う。



どうせだったら、

このままおじさんも一緒に連れていってあげればいいのに。




そうしたら、遠い遠い海の底で、思い出さんにも会えるかな。















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