おやすみなさい
まぶたが重い。
今言えることはこのくらいだ。
ああ、もう一つ、ベッドが恋しい、とも言いたい。

二人で報告書に目を通し、判を捺し、必要なものを選別してファイルに収める。
そんな単純な作業でも、机を埋め尽くすほど溜まれば重労働だ。
もう数日がかりで徹夜に近い作業を繰り返して、私たちの間にはいつもとは違う不思議な連帯感が生まれていた。
死線をくぐり抜けた者同士には、精神の深い部分で結び付きができるというが、多分そういうことだろう。

シュヴァーンと結び付き…。しかも深いところ、で…。
…それはそれで幸せだ、としみじみ言っている場合ではないのが、少し悲しい。
あまりの眠気のせいで、多少頭がやられてしまっているようだ。

ふと、隣でサインを入れていたシュヴァーンの体の力がガクンと不自然に抜け、その衝撃でギリギリバランスを保っていた書類の山がどさりと床に滑り落ちた。
「す、すみません・・・!」
らしくないミスに慌てて書類を拾おうとシュヴァーンが体を曲げると、今度はその拍子に机が大きく揺れ、上に乗っていたインクが派手にひっくり返った。
本人は、落ちてきたインクを少し被りながら更にパニックに陥ったようだ。
わなわなと身体を震わせながら、こぼして床に染みこみつつあるインクを、果敢にも手でまたボトルに戻そうとしている。
・・・掬えないだろう、さすがにそれは。

あまりの重症さに、私は少々あっけにとられながら言った。
「・・シュヴァーン。少し、休みなさい」
「いえ、そんなわけには・・・大将が仕事をなさっているのに、私だけ休むなんて」

言う顔は、ほとんど死にかけていた。
息が不規則で顔色が悪く、目が不自然に窪み、うつろで光が見当たらない。
…こんな魔物、以前見たことがあるような。

とにかくこのままではいけない。
この強情さがこの愛しい恋人の可愛い欠点だ。
「大将?」
私は、持っていたペンを置くと立ち上がり、ベッドの中にもぐりこんで体を横に向けた。
「ここへ」
自分の隣を指差して呼ぶと、一瞬彼の全ての動きが止まる。
その拍子に今度は持っていたファイルが床に落ちたが、今度はそれを拾おうともしなかった。
「え、あ、え…」
「どうした?早く来なさい」
可愛い部下が顔を赤くして、よろよろとこちらへ歩み寄る。
「は、はい・・・」
失礼します、と声をかけて、私の隣にすっぽりとおさまった。
ちょうど私の腕を枕にしてやる形にしてやり、反射的に丸くなったシュヴァーンをそっと抱きしめた。
「今は心配せず、休むといい。体を壊されてはたまらない」
「・・・申し訳ありません」

本当に申し訳なさそうに言うその姿に、不覚にも胸が高鳴った。この男と付き合っているうちに、自分も少し若返ったような、そんな気分になることがままあって、それが意外に不快ではない自分が意外であったりして。

そんなことをおかしく思いながら、やわらかい髪を優しく撫でてやっているうちに、シュヴァーンはいつの間にかすやすやと静かな寝息を立てていた。

まるで天使のような寝顔に顔をほころばせ、私はそっと彼の額に口づけた。


「・・・ゆっくり、眠るといい」

・・・起きた後のことなんて、今は忘れて。


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