おさない僕へ
シュヴァ・14歳
レイヴン・10歳(この話当時)

という兄弟設定の現代パロです。
アレシュ・ユリレイ・レイシュ展開予定。
オリキャラ(二人の父)なんかも登場します。
苦手な方はバックお願いします。



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金があれば、人は幸せであるという。
実際、金で買えないものはない。
食べ物も、着るものも、住むところも、寒さ、暖かさも、時には人の命ですら。
そうすると、人間の全てを握る金は人を狂わせるというのは、まんざらでもないんだろう。

そして、俺の価値は五千万円だった。




『おさなき君へ』


「兄ちゃんの下手くそー!」
弟の容赦ない叱責の言葉に、俺はようやく我に返った。
どうやら、長いこと日光に当たっていたせいでぼうっとしてしまっていたようだ。
俺の足元には、明るい蛍光色をしたフリスビー。
「投げてもとってくれないんだもん。つまんないじゃん」
弟は、いかにも不服そうに口を尖らせていた。
最近フリスビーに熱中していてかなりの腕前を誇る弟にとっては、自分が上手く投げているのにも関わらずそれがちゃんと返ってこない、というのが気に入らないらしい。
「兄ちゃん、真面目にやってる?」
と、運動音痴の俺に酷なことを平気で言ってくるのだから、さすがに胸が痛くなる。
「悪いな。レイはちゃんと投げてくれているのに」

苦笑まじりで謝ると、彼はますます不服気に
「レイ、はやめてよ。俺だって、もう10歳だもん。ちゃんと名前で呼んでくれなきゃ」
と、語気荒く言った。

「そっか。ごめん、レイヴン」
この子にとっては、せっかく昨日年齢が二桁になったのに、それを認めてもらえないような心境だったのだろう。
俺が慌てて訂正すると、ようやく彼は満足そうに
「じゃあ、もう一回やるよ。今度はちゃんととってよね」
と言ってフリスビーを拾い上げて俺と距離をとり、勢いよく投げた。
フリスビーは綺麗な軌道を描いて、こちらまで飛んでくる。

綺麗だな、
と、宙を舞う蛍光色を眺めているうちに、それはあっという間に俺をすり抜けて、視界の外へと消えていった。
結局、俺はまた取り損ねてしまったようだ。

「また取ってくれなかったー」
と私をなじる弟に、ただひたすら謝るしかできなかったけれど、俺はこうしていることは嫌ではない。

むしろ、この時間が一番幸せだ。
ここには、家の中のように、俺たちを縛りつけるものなど何もない。
そこには、果てない自由が広がっているのだ。
俺たちも、このフリスビーみたいに、少し力を加えるだけでふわっと空を飛んでいけたら。
兄弟二人で、仲良く空を旅することが出来たら。
それはきっと、とても素敵なことだろう。

しかし
「こんなところにいたのか、レイヴン」
幸せは、長く続かないものだ。総じて。

声をかけてきたのは、場違いな高級スーツを身にまとった、一人の小柄な男。
いつの間にか空き地の隅に、黒塗りの車が一台、こちらも場違いにとまっていた。
「こんなところで遊んでいて、勉強はいいのか?」
びくり、と目に見えるほどレイヴンが体を震わせた。
先ほどの利発で元気な様子はどこへいったのか、と思うほどに彼の顔は目に見えてこわばっていた。
それも、この人の前では仕方がない。
世間は強いものによって支配されるべきであり、よって、世間は強者である自分に従って当然だと思っているこの人の前では、レイヴンお得意の子どもらしい甘えも許してはもらえない。
私たちの祖父から譲り受けた小さな工場を、世界に誇る大企業にたった一代で成長させたという実績と経験に裏打ちされたその信念は、彼のアイデンティティそのものと言ってもよい。
その絶対的な自信は、彼の心の中のみならず体からも滾々と湧き出し、絶えず周囲を威圧して止まない。それが小柄な体を、何倍にも大きく見せていた。逆らうなど、考えることすらさせてくれない。

これが、俺たちの父だった。

父はレイヴンに近寄って、その頭を撫でながら問うた。俺など眼中に入らない、とロコツに表して。
「ごめんなさい、お父さん。少し、気分転換に・・・」
レイヴンからは、彼生来の元気のよさが嘘のように消え失せていた。まるで菜に塩をかけたように。
「まあ、いい。早く戻って勉強を始めなさい。家まで送るから」
「分かりました。」
レイヴンの返事に初めて薄く冷めた笑顔を見せて、父はレイヴンの手を引きながら止まらせておいた車に向かって歩きだした。

こうしてみると、やはり二人は親子だ。
背格好や歩き方がよく似ている。少し猫背気味なのも、クセのつよい固めな髪も、そっくりだ。
そして、それが手を引かれているレイヴンの後姿をひどく痛々しいものに見せた。

俺は、もうあきらめていた。
どうせここで何を言ったって、こちらを向いてはもらえない。

「嫌、行かないで、俺も連れていって、とうさん・・・」
言いたいことなんて、たくさんある。
けれども俺には、そんなことを言うことなんてとても出来ない。

俺には、父と言葉を交わすなんて贅沢な自由など存在しないのだから。

そう、分かってはいたのだけれど。
気がついたときには、俺は父に駆け寄り、こんなことを口に出していた。
「お父様。いつもお勤め、ご苦労様です」
その瞬間、激しい衝撃が俺の頬を打ち、体勢を崩した俺は思い切り地面に背中をうちつけた。

無様な悲鳴をあげて倒れた「息子」を見下ろす冷たい視線を、俺は痛いほど肌で感じた。
背中より、心が痛い。じくじくうずいて、ぎゅうぎゅう締め付けられる。
同時に、悲痛な顔でこちらを見ている弟の顔が見えて、俺の胸はますます苦しさを増していった。
「外では、父と呼ぶなとあれほど言ったはずだ、シュヴァーン」
かけられたのは、あまりに無情な言葉がたった一つだけ。
「申し訳ありませんでした」

その言葉に返事はなく、代わりにしばらく経ってから聞こえてきた高級車の排気音だけが、俺の体にひどいくらいに響いていた。


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