焼きかけブリュレ
今日は真っ暗な日。

いつもは暗闇を照らしてくれているお月様がお休みする日だから、この日は人はみんな早くお仕事をやめてゆっくりと休むんだ。

だけど
この家だけは、そうじゃない。

「てめえこの影!また塩と砂糖のラベル張り替えやがったな!」
「あれ、バレた?」
「当たり前だ!おかげでコーヒーがこの世のものとは思えない味になっちまっただろうが」
「え、KKってコーヒーブラックで飲めない人だったんだ!ねーねー神ー!KKが意外に可愛いよー」
「違う違う。KKは元々可愛いんだぞ、影」
「お前ら黙れーっ!!」

そんなドタバタ騒ぎは、だいたい誰かが疲れて布団に倒れこむまで続く。
僕はこんな時間が大好きだ。
お月様がお休みの日だけ、こうして人間の姿を取り戻してお話が出来るようになる僕にとって、この他愛ないおしゃべりとイタズラは何より楽しいことなんだ。
それにしても。
この二人は本当に仲がいいなあと、しみじみ思う。
いつも絶えずじゃれあってるし、KKと話してるときの神はすごく楽しそうだ。
一時期、神が物凄く不安定なときがあったけど、それを改善させたのもKKだし、維持させてるのもKKだし。
でもな・・・
神がいつもニコニコなのはいいんだけど、ずーっと神と一緒にいた僕としては少し複雑。
「どうした、影?ぼーっとしちゃって」
顔をあげると、神が小首をかしげながらこっちを見ていた。
「なんでもないよ!」
心臓に悪いよ、この無防備な仕草。
僕は元々神のことが大好きだけど、こんなことされるとなんだか違う風に神が気になっちゃうから。
「んー、俺もう眠いかも」
そう神が言い出したのは、もうすぐお日さまが昇るというころ。
神は神だから人間と同じ理由で寝る必要はないんだけど、自分の中の音を落ち着かせるために夢の中でお仕事するんだ。
僕もしょっちゅうお手伝いするからよく知ってる。
「なら寝ろ。布団敷いてあっから」
「うん、寝る。んじゃKKも一緒に・・・」
不覚にも、一瞬自分の体がぴくりと動いてしまった。
「却下」
「なんでー」
「残念ながらこれからやることがあるからな」
「そんなん後でもいいだろ」
「今日じゃなきゃ意味ない用事なんだよ。ほらさっさと寝ろ」
とりつく島もないKKの態度に神は諦めたのか、ぶつぶつ言いながら寝室に消えた。
「ねえKK、用事ってなに?」
たまらなくなって、僕はKKに思わず尋ねた。
KKが神を断る理由・・・
よく考えればいっぱいあるけど、やっぱり気になる。
「ん、なんだ、お前も寝なかったのか」
「なに、用事って」
「そんな重大なことじゃねえよ」
KKはちょっと笑って、僕の頭をくしゃっと撫でた
「ただの料理だ」
「料理?」
「あいつにリクエストされてたんだよ。ブリュレが食いたいって」
そう言うKKの顔は、なんだか嬉しそうだった。
そういえば以前から、神はさんざんKKに「手作りの甘いものが食べたい」と言っていたっけ。
「最近忙しくて時間がなかったから、今日くらいはな」
そう言って、KKは照れくさそうに笑った。いつもじゃ見れない表情に、僕はびっくりしてしまった。
「そ、その、ブリュレってなに?」
あわてて話題を変えたけど、やっぱり動揺は隠せなかった。
でも、KKはそれには気付いてないみたいだった。
「フランス菓子の一つでな。カスタードクリームのもっと柔らかいのを冷やして、表面を炙ったやつだ。簡単に出来てしかも美味い」
こうして料理を語る彼は、別人みたいに輝いてる。
昼間、ぼんやりタバコをふかしている姿とは似ても似つかない。
「そんなに美味しいんだ・・・」
なんかいいな、と何気なく言った呟きは、僕に意外な返事をもたらした。
「そうだ、ならお前も作ってみるか?」
「え?」
「ブリュレ。どうせなら一緒にやるか」
そんなわけで、僕はいつの間にかキッチンに立たされている。
しっかりエプロンまでつけて。
「んじゃ始めるか」
そうは言われても、なにをしていいんだかさっぱりわからない。
ていうか、料理なんてしたことないよ、僕は影だもん。
「まずは・・・とりあえず分量量ってくれ」
言われるがまま量りの前には立ってみたけど、これからどうすればいいんだろう・・・
「ああ、分かんなかったら箱の中のメモ見ろ」
僕は、量りの入っていた箱の中に手を突っ込んだ。
確かにそこには紙が一枚入っていて、そしてその紙には量りの使い方や基本的なケーキづくりの分量がすごく細かく書いてあった。
もしかして、これ・・・

その紙の通りに量りを使い、KKから指示された砂糖の分量を調整していく。細かい作業だけど、なんだか楽しかった。

「KK、砂糖量ったよ」
「さんきゅ。んじゃ次はミルクを計量カップで・・・」
KKは、次々に指示を出しながら自分も卵を割ったり忙しそうに動いていた。
僕は、パックを片手に慎重に計量カップに牛乳を注いだ。
いつもちゃんと見ないから知らなかったけど、牛乳ってこんなに白かったんだ・・・
いつの間にか僕は、自分でもだんだんなにをしているのか分からなくなってしまうくらい計量に熱中していた。
「KK、全部終わった!」
「お、早いな。んじゃ後は見てな」
「え、もう終わり?」
まだ材料量るくらいしかやってないのに。ちょっと拍子抜けしてしまった。
「さっき言ったろ。簡単なんだよ」
KKは僕の量った牛乳を鍋に少しずつ注ぎながらゆっくりヘラをかき回した。
なんだか甘い匂いがキッチンに漂う。
「ねえKK」
僕は、ずっとずっと溜め込んでいた質問を切り出した。
KKが鍋から僕の方を見た。
「今日って・・・何かの記念日なの?」
「なんでだ?」
「だって、わざわざ夜中にお菓子作るって・・・なにか特別な日だからなんでしょ?」
KKはしばらく考えこんだ様子で、だけどあっさりと答えた。
「いや、なにもねえな」
「本当に?」
「嘘つく理由はねえだろ。ただ単にあいつが食いたいってわめいてたから作ってるだけだ」

その時、本当に僕はこいつには勝てないな、って思った。

「そっか」
「なんなんだ?」
変な奴、と言いながら、KKはふつふつと煮えてきた鍋の中身にはっとした様子であわてて火を消して、また忙しく動き始めた。


記念日にわざわざなにか作るならともかく、KKはなんにもない日に何気なく、神のためにお菓子を作るんだ。
他の誰のためでもなくて、ただ神だけのために。

うらやましいや、本当に。
KKも、そして神も。
それから先は、本当にあっという間だった。
鍋の材料をプリン型に入れて、それを冷蔵庫にしまって。
それで、料理は全部終わり。
「あとは冷えたやつの表面をバーナーで炙ったら完成だ」
普通の家なのにバーナーを持ってるあたり、KKの料理好きは並みじゃない。
「ねえ、KK」
「なんだよ」
「僕、料理勉強したい。教えてくれない?」
ん、と息を飲んで、KKが目を丸くしたのを僕は見た。
「どうしたんだよ」
「僕も神にリクエストされるくらい美味しいお菓子作りたいんだ!それで、もっと神と仲良くなる!」
ぷ、とKKが吹き出した。
人がこんなに真剣なのに、失礼な奴!
「な、なんだよ、笑うなよ!」
「悪い。別に馬鹿にしたんじゃねえから」
KKは、また小さく笑ってタバコに火をつけ、少し吸って煙を吐き出した。
「んじゃしごいてやるか、毎月新月の日には」
「見てろよ、すぐに腕前追い越してやるから!」
「楽しみだな、それは」
KKが、歯を見せて笑った。
ムカつくくらい楽しそうな笑顔だった。

神が起きてきたのは、それから二時間も後のこと。
一目で寝起きだと分かる感じで目をこすりながら、神は「おはよう」と一言だけ言った。
「起きたか。どうだった?夢は」
KKは用意してた温かいミルクを神に差し出した。それをぐい、と飲み、ようやく神も本格的に起きてきたみたいだ。
「上々。いい音も出てきたし、次のパーティーも盛り上がるぜ」

嬉しそうだな、神。

もうお日さまが昇り、人間としての体はなくなってしまった僕は、二人のやりとりを天井からぼんやり二人のやりとりを眺めていた。
「そういえば、いいもんがあるぞ」
「いいもん?」
「冷蔵庫開けてみな」
言われるがまま神が冷蔵庫を開けたのと、歓声が聞こえたのはほとんど同時だった。
「なにこれ、すげー美味そう!」
「わざわざ作った。毎度ながら感謝しろよ」
KKは、ウキウキとプリン型を一つ取りだした神からそれを取り上げ、にやりと笑った。
「仕上げするから、待ってな」
「仕上げ?」
「これだよ」
KKが取り出したのは、下の方に缶をつけたバーナー。
「それでなにするんだ?」
「表面を炙る」
KKはライターでバーナーに火をつけ、ブリュレ目掛けてその炎を当てた。
ぶすぶすといい音を立てて、ブリュレの表面が徐々に色づいていく。
さっきよりもさらに香ばしい甘い匂い。ちょっとくらくらしそうだ。
「美味そうー!」
「ほら、焼けたぜ」
KKが神に勧めたブリュレは、表面が少し固くなって浮き上がり、いい感じに焦げがついている。
神は、スプーンをブリュレに差し込むが早いか、すごい早さで口に運んだ。
「美味い!」
「当然だろうが」
「KK最高ー!」
「ああ、そうだ、実はな」
KKが、天井に向かって目配せをした。
「今回は影が手伝ってくれたんだよな」
「え、影が?」
一瞬物凄いびっくりした顔をされた。僕も物凄いびっくりした。
だって、僕はただ分量量っただし、ほとんどやったのKKだし・・・
「サンキュー、影!すごい美味かった!」
まあ・・・でも、いいや。
神がこんなに素敵に笑ってくれたから、言うのはなんか野暮、だよね。
それから、神はブリュレを何度も美味しい美味しいといいながら完食した。

今、僕はとっても清々しい気分だ。
ちょっとだけでも自分が関わった料理を美味しそうに食べてもらえるだけで、こんなにいい気持ちになれるだなんて。
なんだか、KKが料理をする理由が分かったような気がするな。

下では、神がKKに抱きついてしきりにキスをしているのが見える。
「KKの唇甘いー!」
「お前ブリュレ食ったからだろ・・・」
なんて甘すぎる会話が聞こえてきて、こっちまでお腹いっぱいになっちゃいそうだ。


これは・・・お邪魔は退散した方がいいよね。
僕は、そっと天井から外に出た。
いつか絶対に料理をマスターしてやるんだ!と心に誓いながら。

神とKKに、にっこり笑ってもらえるように・・・。
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