かがみねこ
その日は、いつもより騒がしい1日だった。
「お願いKK!ちゃんと世話するからー!」
「却下」
「なんで!?」
「自分の世話も出来てないようなのがそんな小さいのの世話できるわけないだろ。早く元のとこに返してこい」
「返したらこいつ凍え死んじまうって!もう冬だぜ!?」
「なら保健所に預けるとか・・・」
「保健所なんて信用できねえよ!」
このやりとりを続けてもう30分あまり。
もうオムレツも出来上がり、夕飯どきぴったりだというのに神さまが折れる気配はない。
息巻く神さまの腕の中には、なにやら丸くて茶色い毛の固まり。
「それなら、側に親がいたはずだろ。置いとけば見つけて連れ帰るさ」
「猫は一度はぐれた子供を自分から探したりしないって聞いた!」
この神さまは相変わらず余計な知識だけは豊富だ。
茶色い毛の固まりは、事がどれだけ大事になってるかなんて分かるわけもなく、神さまの腕の中ですやすやと眠っている様子。
なんでも、親とはぐれたかなんかで一匹だけ家の前に落ちていたのを拾ってきたらしい。
それにしてもこいつが迷い猫を拾ってくるとは・・・
「とにかく、ダメなもんはダメ。」
俺としては、猫を飼うなんて言語道断だ。
見る分には構わないが、家は臭くなるし餌も大変だし、爪研がれたら部屋がボロボロになってしまう。
こればかりは神さまがなんと言おうが譲れない。

だが・・・
「こいつ親に捨てられてたんだぜ!ウチで飼わなきゃ死んじまうよ!」

その言葉は、一瞬で俺の心からひどく冷たい感じを呼び起こした。
親に捨てられ、路地裏に放り出され、一人でただ泣くことしか出来ない。
人から死神と言われ恐れられる人間すら天使のように見える、あのギリギリの感覚
「あ・・・KK、悪い・・・」
「いや・・・大丈夫だ」
以前は考えただけでパニックに陥っていた過去の記憶。
だが、以前よりはずっといい。
それもこの神さまが現れて周りがとかく賑やかになってからのことで、まあ・・・そのことには感謝している。
「で、KK、猫・・・」
そうだ、猫。
神さまの腕に抱かれた猫はいつの間にか起きていた。
こんな奴が今まで一匹で生きていたのか、と思うくらいに小さい。
茶色の猫は周囲の変化した環境に戸惑ったように、青い瞳でこちらをじっと見ながら、みゃあ、と小さく鳴いた。
「・・・ちゃんと自分で世話するか?」
「する」
「餌も、トイレの躾も、部屋の環境の保全も」
「する」
「途中で投げ出さないか」
「投げ出さない!」
「なら、最後まで世話しろよ」
一瞬で、ぱあっと神さまの顔が明るくなった。
「サンキューKKー!」


こうして、俺たちに新しい家族が加わった。

それからというもの、神さまの過保護ぶりは凄まじかった。
猫を飼うと決まった翌日にはすでに自分で段ボールの柵を作り、そこにトイレや餌場をセットして。
今日仕事から帰ってくると、爪とぎ用の木材やグルーミングブラシ、猫じゃらしまで完璧に揃えられていた。
「おい・・・これはやりすぎだろ、いくらなんでも」
たまらず突っ込むと、
「なに言ってんだよ。猫なんてすぐにデカくなるんだぜ」
と応酬されてしまった。
当の猫はというと、徐々に豪華になっていく環境を楽しんでいるようで、無邪気に猫じゃらしにじゃれて遊んでいる。

まあ、本人たちが楽しんでんならいいか・・・

一度飼うのを許可してしまったからには、これくらいは許してやらなければ。

「あ、そうだKK。この猫グッズの代金、適当に払っといたから」
「は?」
「引き出しにあったKKのへそくり・・・使っちゃった」
「なに!?確か五万円あったはず・・・!」
「全部使ったから・・・よろしく」
「なにーっ!?」

当然これは許せるはずもなく。
神さまは一週間飯抜きの刑をくらった。

それにしても・・・

猫じゃらしで猫と戯れる神さまを眺めながら、俺はぼんやり思った。
こいつと会ったときは、こんな光景想像も出来なかったよな。


出会ったばかりの神さまは・・・
それこそ当時の俺なんか比べものにならないくらいの危うさを持っていた。




その時俺は裏の仕事で珍しくヘマをしでかし、一撃で仕止めるはずのターゲットを瀕死にさせながらもまだ生かしていた。
「た、頼む、命は・・・」
地べたに無様に倒れこみながらありきたりの助命の言葉を口にする男の脳天に二発ぶちこみ、これで今日の仕事は完了。

「さっすが、ミスター。お見事お見事」
ふと自分の右上を見ると、神さまが笑みを浮かべながらそこにいた。
なんだ、塀の上にいたのか。なんとなく見られてる感じはしたが。
「茶化すなよ。結構嫌なもんなんだからな」
たとえ仕事でも、決して気分のいいことではない。
これしか自分に出来ることがなかったとしても。こんなもん、ない方が穏やかに決まっている。

だが
俺はその時の、神さまのきょとんとした顔が忘れられない
「なんで?人間なんていっぱいいるんだから、ちょっとくらい殺したってなにも変わらないだろ。ミスターが気にすることないって」

その時俺は悟った。
ああ、やっぱりこいつは神さまなんだ、と




その時に比べれば、こいつも少しは人間らしい心が分かってきたということだろう。
なんにしてもいいことだ。
猫の喉を撫でながら、ゴロゴロ言わせつつ喜んでるこいつのがずっといい。

あの時の無邪気な、しかし残酷な神など見たくはない。


それから数ヶ月が経ち、猫はすっかり多くなった。
拾ったばかりのころはおぼつかなかった足取りもしゃんとして、大人の猫とほとんど変わらない。
ミルクは大分前に卒業し、子猫用の餌をよく食べる。
最初は飼うことに反対はした俺も、やはりこの成長は喜ばしく、神さまとの話のネタは猫についてがほとんどだった。

「そうそう、KK!そろそろこいつにも名前つけてやろうかと思ってさ」
「名前?」
ある日神さまがそう提案してきた。
そういえば猫を飼いはじめてから今まで、俺たちはずっとこの猫のことを「猫、猫」と呼んでいた。
最初に考えはしたのだがなかなか決まらず、結局そんなことになってしまっていた。
「ガッ●石松じゃあるまいしそれじゃ味気ないだろ。この際真面目に考えようぜ」
「そうだな・・・さすがにこのままじゃな」
「てわけで、これから俺たちは散歩に行ってくるから、その間にお互い考えるってことで」
「分かった」
こいつの言う散歩とは、基本的に家から出さない猫のストレス発散のために、神さまの付き添いで街を歩かせることだ。
小さなころから神さまと一緒にいる猫は神さまを親だと思っているらしく、健気に後ろをちょこちょこ付いてくるという。
リードがいらない、と神さまはそれを誇りにしていた。
「んじゃ、いい名前考えてくれよー」
「お前もな」

猫を抱えて神さまが部屋を出ていき、一人になった俺はそばにあったボールペンを手にとって思案にふけった。
何かに名前をつけるなんて行為、なかなかあるもんじゃないからどうしたもんか。

タマ、ミケ・・・なんてのはさすがにな・・・。そもそもあいつ三毛じゃないし。
じゃあトラとか?
いや、それはタマと同レベルだ。
そもそも猫の名前なんてそんなにバリエーションがあるわけじゃねえし・・・かと言って自分で名付けるにしても・・・
そのとき、唐突に俺の頭の中にある一つの単語が頭に浮かんだ。

エム・・・


「わーっ!なに考えてんだ俺は!」
こんな名前、提案した瞬間に俺はあいつに死ぬほどからかわれて殺されるに決まってる!
どうかしてるぞ、俺・・・

その後も様々に思案を重ねてみたが、やはり納得のいく名前は思い付かなかった。
「仕方ねえ。帰ってきたら神さまに相談すっか」

それにしても、神さまの帰りが遅い。
いつもなら一時間くらいで帰ってくるのに、もうすぐ二時間は経つ。
時計の針はそろそろ午前になりかけていた。
「あいつ・・・どこまで行ったんだ?」
神さまに心配など無用なことは知っている。が、今神さまと一緒に猫もいるのだ。
「探しに行くか・・・」
とうとうあいつの親バカが移ったか、と自嘲しながら、俺は部屋を出た


夜、街灯の少ないこの街は不気味なほどに静かで閑散としていた。
春先だというのに風が冷たい。
こんなんだから犯罪が多いんだよな。・・・俺が言うことじゃねえけど

神さまはいつもこの辺りを散歩しているらしいが・・・

俺が角を曲がって通りに出た、その時。
煌々とするオレンジが俺の視界いっぱいに飛び込んできた。
と同時に、凄まじい熱を体中に感じる。
あそこで・・・なにかが燃えている・・・?

そして
その現場を見た瞬間、俺の全身の血液は凍りついた。

車と、何台ものバイクが、燃えていた。
側には十数人ほど人間が倒れていて、みな一様にピクリともしない。
そして、それを立ったまま見下ろしている人影・・・
「MZD!」
たまらず飛び出して神さまの肩をつかんで、しっかりしろ、と呼び掛ける。
神さまの目はうつろで、そこから大粒の涙がとめどなく流れていた。
手になにかを持っているようだ。

「KKぇ・・・猫・・・猫が・・・」
神さまは、ゆっくりと腕を開いて抱えたものをこちらに見せた。
「猫・・・」
そこには、血にまみれて茶色が赤になった猫がいた。
「散歩してたら・・・急に猫が車道に飛び出して・・・俺、間に合わなかった」
神さまは嗚咽をこらえきれず、涙まじりに事情を説明しはじめた。
「なんで・・・こんな状態に・・・?」
「猫・・・猛スピードで突っ込んできたこいつらにぶつかって・・・こんなにぐしゃぐしゃになっちまった・・・」
「だからって・・・なんでこんなバイクが燃えてんだ!?クラッシュしたわけじゃねえんだろ!?」
急に神さまが泣き止んだ。「MZD?」
「だって・・・当たり前だろ?こいつら、猫を殺したんだぜ。それに、猫を轢いたのに・・・笑ってた。笑って、何事もなかったみたいに走ろうとしてた。」
神さまは、こちらをじっと見据えてニヤリと笑った。この目は・・・あの時の、目だ。
「そんな奴ら・・・生きてなくていい。価値なんてない。そうだろ、ミスター」
「お前・・・」
「ごめんな、ごめんな猫。名前もつけてやれなかった・・・」
神さまはまた、静かに涙を流し始めた。肩が頼りなげに小さく上下する。
猫の死体を、両手でしっかり抱きながら。

こいつは・・・

俺は、小さな神さまの震える体を、強く抱き締めた。
そうしなければ、いけない気がして。


炎が、ガソリンの臭いを漂わせながら赤々と燃える。
死んだ者への弔いか、それは勢いを増すばかりで、消える気配はない。
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