はまぐりのかいがら
酢飯のいい香りが鼻をくすぐる。
いい色に焼けてきた卵をまな板に乗せて細長い形に切りながら、俺は誰もいないリビングに向かって適当に呼びかけた。
「おーい、メシできたぞー」
それを言うか言わないか、俺がまばたきしてる間に、目の前のテーブルには神さまの姿があった。
次回のパーティーの出演者勧誘は上手くいったらしく、顔面にニコニコと笑みを浮かべている。
こういうとき、この奔放な同居人が音の神さまで良かったと思う。
どこにいても俺の声を感知して(特に飯絡みのことでは)たちまち舞い戻ってくるから、こっちから連絡する分には携帯がいらない。
「ただいまKKー!んで、いただきます!」
「ちゃんと手を洗ってきてからにしろ」
「へーい」
洗面所に手を洗いに行く神さまの後ろ姿を見ながら、俺は米びつの寿司を皿に盛り付けて錦糸卵とノリを乗せて万事を完成させた。
手を洗い終わった神さまが席につき、俺たちは同時に「いただきます」と言ってから箸を持った。
今日の晩飯は、ちらし寿司とハマグリの吸い物。以上。
一見豪華に見える夕食だが、実はそうでもない。
ちらし寿司は飯を炊いて酢飯だけ作り、それに市販のちらし寿司の素をまぶしたものだし、ハマグリの吸い物のダシは顆粒のインスタントだ。
一番時間をかけたのはハマグリの砂抜きくらい。
まあ錦糸卵は作ったし、見た目も豪華だしこいつも文句を言うまいと思っていたが、ちらし寿司を一口口にした神さまは露骨に顔をしかめて、「化学調味料の味がする・・・」と言い放った。
「仕方ねえだろ。仕事が立て込んで時間なかったんだよ」
「でもなー。いつものKKの料理に慣れてるからこういうの受け付けないんだよなー」
「嫌なら食うな」
いくら市販の調味料に頼ったからと言って、せっかく作ったものをこうまで言われると腹が立つ。
「・・・分かった。食う」
神さまは一応しぶしぶながら反省したようだ。だが、いつものかきこむような軽快な箸の動きはなく、ちびちびと米をつまむように食べていた。
なんだか複雑な気分だ。
作ったメシに文句を言われたのは気に入らないが、それはいつもの料理が美味いからだと言われたのは素直に嬉しくもある。

・・・こんなこと言うとこいつは調子に乗って絡んでくるだろうから口には出さないけどな。

結局、神さまはちらし寿司を半分以上残し、吸い物もハマグリの身だけ食べて汁には手をつけなかった。
ため息が出たが、叱る気にはなれなかった。
「ごちそうさまでした」
最初と同じように二人で言って、俺は食器を片付けるために立ち上がった。
いつもならここで神さまも食器を片付けてまたいなくなるか、窓際に移動してぼんやりし始めるのだが、今日は違った。
「おい、早く片付けろ」
いつまでたっても片付けに立つ気配がないので神さまに詰め寄った俺は、奇妙なものを目撃した。
神さまが左手で貝殻を一枚つかみ、右手の箸でさかんに碗の中の貝殻をつまんでは左手のと見比べて碗に戻し、つまんで見比べて戻しを繰り返している。
「なにやってんだ?貝殻じっと見つめて」
「んー、ちょっとな」
よく見ると碗の中の貝殻は普通の二枚組み合わさった形ではなく、全て一枚一枚バラバラにされていた。俺は普通に料理したわけだから、これは神さまがわざわざ自分でばらしたのだろう。なんだってそんな面倒なことしてんだ、こいつ・・・
「んー、これじゃない。意外に難しいな」
なにしているのかさっぱりわからない。これだからこいつの訳のわからない行動にはついていけないんだ、と思っていた俺も、しかしかなり真剣な様子で貝殻を一枚一枚吟味しているのを見ているうちに、なぜか真剣な気分が伝染してしまう。
思わず目を細めてじっと神さまの手元を見ていると、次に神さまがつまんだ貝殻が、左手に持っていた貝殻と模様がぴたりと一致した。
「これだー!」
神さまの大声で、俺はやっと我にかえった。俺としたことが一瞬乗せられるとは情けない・・・
「お前・・・なにしてたんだ」
「なにって、貝合わせ!」神さまの顔は、こっちが思わず赤面するくらい、あどけなくて楽しそうな笑みを満面に浮かべていた。
「貝合わせ?」
「なに、KK知らねえの?」
無教養だな、と失礼なことを言い、神さまは得意げだった。
「こういうハマグリみたいな二枚貝の貝殻は、模様的にも形的にも、元々組み合わさってた片割れとしかぴったり合わねえんだよ。その性質を利用して、自分の手元にある貝殻の片割れを探すゲームが貝合わせって名前なの」
「はあ・・・。神経衰弱みたいなやつか?」
「そーゆーこと!平安時代から遊ばれてたんだってよ」
神さまは、これが後に百人一首やカルタになるルーツだとかなんとか、ここぞとばかりに知識を披露しまくった。
その半分くらいを聞き流して、俺はおもむろに神さまの碗の中から箸で一つ貝殻をつまみ上げた。

貝殻は、汁が光を反射させてまるで別物かのようにピカピカ光っていた。
こんな風にじっくり貝殻を見る機会なんてなかったが、こうして見るとすごく複雑な模様が入ってるんだということが分かる。
この年でこんなことに心が動いてしまった自分が少し恥ずかしい。
「お、KKもやるのか?貝合わせ」
「いやまあ・・・なんとなく」
と言いつつ、碗の中からもう一枚拾い上げて合わせてみるときは結構マジになってしまう。
しかもこれがなかなか合わない。
明らかに模様が合っていなかったり、模様は似ていても貝同士をくっつける部分の角度が微妙に違っていたり・・・
「KK・・・読み外しすぎ」
馬鹿にするような含み笑いが俺のプライドに火を付けた。
こうなれば意地でも当ててやる。

その後、貝との格闘は五分近く続いた・・・
捜査は難航を極めた。
俺がようやく片割れの貝殻を見つけ出したときにはもう貝殻はめっきり少なくなって、碗の底が見えていたりして。
「KK、お疲れー」
MZDの顔は、露骨に俺を馬鹿にしていた。「KKダサーっ」とその顔が言っている。
こいつにこんな眼差しを向けられると、この上なく腹だたしい。
この野郎は撃っても死なないから余計にタチが悪い。
そういえば俺は昔から賭けトランプは得意だったが、ババヌキとか神経衰弱とか遊びでするようなそれに関しては弱小レベルで、いつも兄貴にカモにされていたことを今思い出した。
思い出すのが遅かった・・・
「あー、どうせ俺は直感力ねえよ。」
「なんだよ、拗ねんなよミスター。可愛いなあー」
「死ね・・・」
軽口を適当にスルーして、そういえば本来の目的は別にあったことに気が付く。
「ほらほら、とっとと片付けんだから早くしろ」
「んー、あと少し」
神さまはまた貝殻を手にとって、ぼんやりと頭上に掲げながらそれを眺めていた。
「なんだ?まだやるのか」
片付かねえからもうやめろと言いかけて、やめた。
神さまの目が、まるで慈しむようにそれに向けられていたから。
「なんだ、そんな感傷的に貝殻見つめて」
「んー、いいなあと思って」
「貝がか?」
「離ればなれになっても、どんなに他に目移りしそうな奴がいても、最終的には今までずっと一緒にいた奴一筋、ってことが。二人が組み合わさってはじめて、一つの模様が出来るって・・・」
神さまが、にやりと微笑んだ。
「なあKK、いいよなあ」
その意味が分かったとたん、自身でも分かるくらいどんどん顔が真っ赤になっていく。
「馬鹿野郎・・・真顔で恥ずかしいこと言うなよ」
「だって、いつも俺とぴったり合うのはKKだし」
神さまの腕が、絡み付くようにゆっくりと正面から俺の背中に回された。
思わず怯むくらい近くに神さまの顔がある。
こうくると、次に来るだろう行動なんて予想がつく。
「んじゃ、貝合わせ」
ほら、やっぱり来た。
柔らかい神さまの唇と、続けて入ってきた熱い舌が、まるで遊ぶように俺を振り回す。
全く、お遊びが上手なこって。
そんな「貝合わせ」に翻弄されながら、だんだんぼんやりとしてきた頭で俺は思った。


ハマグリみたいな関係も、悪くない
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