マリー
「一度だけでいい」
真面目な顔をぐいと目の前につき出され、KKは思わず一歩後ろに下がってしまった。
「か、顔近いってユーリ」
「何度も言っているだろう。たった一度でいい。そうすれば満足するのだ」
「いや、だからなんでそれを俺に言うんだよ」
「人間を探していたらお前に会った。だからだ」
「んな身勝手な・・・。それに、いきなり血を吸わせろって言われたらビビるだろ」
「何を言う。私に血を吸われるとは光栄なことなのだぞ」
「お前の基準でものを考えんなよ!」
もう一時間もこんな問答を続けて、いい加減KKも疲れてきた。
いくら某神様のおかげで、突然の理不尽な要求に耐性が出来ているとはいえ・・・
「俺、献血だってしたことねえし。吸血鬼に血を吸わせるなんていきなりすぎるだろ」
「だから少しでいいと言っている」
「量の問題じゃねえよ」
なんでも、ユーリは普段は女性の血を主に吸って生きているらしいが、なんの心境の変化か突然男性の血が飲みたくなり、血の提供者を探していたらしい。
そこにうっかり通りがかってしまったのがKKだったのだ。
それにしても、ユーリの執念は並ではない。そんなに血が吸いたいのか。
人間で言うなら吸血鬼の血を吸うという行為は食事そのものに当たるのだろうが、そうだとすればユーリはかなりのグルメになるだろう。
日々献立について思案しているKKにとって、その気持ちはまあわからないでもない。
「一度でいいから」
なおも頼みこまれ、KKは小さくため息をついた。
「・・・本当に一度だけだな?」
「ああ」
「分かった。ならいいよ・・・少しだからな」
KKが言うと、ユーリは目を輝かせて喜んだ。
いつもは冷静でクールな印象のユーリが喜びを露にするのを見て、こんなに喜ぶなら承諾してやって良かったかも知れない、とKKは思った。
「では、吸うぞ」
シャツを片肌脱ぎにして首筋を露出させたKKに、ユーリがそっと歯を当てた。
やはり人間のとは明らかに違う鋭い歯に、KKは少し背筋が寒くなった。
だが、もう覚悟を決めるしかない・・・

ユーリの歯が、静かに首筋に食い込んでいく。
くすぐったいような、なんとも言えない感覚がKKを襲った。
だが、痛みそのものはほとんどない。
大量に血を抜かれているためか、くらくらする感じはするが。


「意外に痛みは感じないんだな」
血を吸われた後、KKは貧血を起こしてその場に座りこんだ。懐からタバコを取りだし、火をつけた。
「まあでも、いいもんじゃねえけど」
献血もこんな感じなのかな、というKKの言葉に、返事はなかった。
「ユーリ?」
ユーリは、その場にぼんやりと立ち尽くしていた。
口元からは、今しがた吸ったばかりのKKの血が拭われることなく滴り、心ここにあらず、といった感じだ。
「ユーリ!」
「あ、ああ・・・」
「どうかしたか」
「いや、なんでもない。」
少し慌てたようにユーリは口元の血を拭い、「MZDにも会ってくか?」というKKの問いにも答えないまま翼を広げて飛び去った。
「なんなんだあいつ・・・」
一人その場に取り残されたKKは、とりあえず自分の血を第一に考えた。
「今日はレバニラかな・・・」
レバー嫌いな神様に激しい文句を叩きつけられるのは承知だ。
今はとりあえず血が足りない・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから、何事もなく普通に時が過ぎた。
レバニラを巡って激しい言い争いをした神様とも仲直りをしたし、あの血を吸われる感覚もほとんど忘れかけていた。
あれからユーリが訪ねてきたことはない。
ちゃんと「一度きり」の約束は守ってくれているらしい。
いいことだ。さすがに痛くないとはいえ、何度も血なんて吸われるもんじゃない。


だが、事は突然、それこそなんの前触れもなくやってきた

いつも通り、KKが夕食の仕度をしていると、アパートの玄関チャイムが鳴った
「はいはい」
ドアを開けると、そこには意外な客が立っていた。
「KKさん、突然すまないッス。今、大丈夫ッスか?」
「アッシュ?」
それは、ユーリが組んでいるバンドのメンバーのアッシュだった。


ひとまずアッシュを部屋に入れ、茶を入れてテーブルに向かい合って座った。
アッシュの顔はこわばっていて、一目でなにか異変があったのだろうと見てとれた。
「どうしたんだいきなり」
「単刀直入に言うッス。ユーリの様子が変で困っているッス」
「ユーリの様子?」
「四六時中ボーッとして、俺やスマイルが声かけても反応してくれないッス。理由も心当たりがないッス」
仲がいいことで有名なバンドの仲間が声をかけても反応しない・・・それは確かに大事だ。
「で、なんで俺のとこに来たんだ?」
「ユーリがおかしくなったのは、KKさんの血を吸ってからッス。」
「俺の?」
「ユーリが「KKの血を吸った」と言って帰ってきたその次の日から、ユーリは変わってしまったッス。もしかしてKKさんに思い当たる節がないかと思って・・・」

「いや・・・特にないな」
ただ自分は、頼み込むユーリに血を飲ませてやっただけだ。特になにか変わったことがあったとは思えない。
ただ一つ、血を吸い終わったあと、ユーリが妙にボーッとしていたことを除けば。
「あの・・・」
しばし考えこむKKに、アッシュが申し訳なさそうに言った。
「もしよければ、一緒にユーリの城まで来てくれないッスか?」
「俺が?」
「もしかしたら、KKさんと会えばなにか変わるかも知れないッス。ユーリがおかしい原因も・・・」
そう言ったきり、アッシュは黙りこんだ。
本当に仲間のことが心配なのだろう。
「・・・分かった。行くよ。んな顔みたら断れねえし」
とたん、アッシュが顔を輝かせた。
「ありがとうッス!恩にきるッス!」
「ちょっと待ってな」
KKは、「鍋にシチューあるから適当にあっためて食え」とメモに書いてテーブルに置いた。
帰ってくるはずの神様に向けての最低限の伝言だ。
これさえ済ませば、あとは特に心配いらない
「それじゃ、行くか」

ユーリの城は、夜の中に堂々とそびえていた。
さすがは吸血鬼の城だ。周囲にはたくさんのコウモリが飛び、さながら映画の世界に迷いこんだかのようだ。
「こっちッス」
アッシュに導かれるまま、KKは城の門までたどり着いた。
「ユーリ、ユーリ!」
アッシュが名前を叫ぶと、重い音を立てて扉が開いた。
「アッシュか・・・」
「ユーリ、体は大丈夫ッスか?」
「ああ、特には」
そう言うユーリは、白い肌がさらに青白く、頬もこけているのがはっきり分かるほどやつれていた。
これが大丈夫なわけがない。
「今日はお客様を連れてきたッス」
「客・・・?」
「よお」
KKの姿を確認したユーリは、露骨にまさかと言う顔で驚いた。
「KK?!」
「大丈夫か?なんか具合悪いとか聞いたから」
「あ、ああ・・・」
ユーリの声は小さく、やはり相当参っているようだとKKは感じた。

「アッシュ・・・」
やがて、ユーリが口を開いた。
「なんスか?」
「悪いが、KKと二人にしてもらえないだろうか。多少気分も良くなってきたし、二人で話がしたいんだ」
「いいッスよ」
やはりまだ顔色が悪いとはいえ、多少ユーリが元気を取り戻したことが嬉しいのだろう。
アッシュはKKに何度もお礼を言い、悪いが少し話し相手になって欲しいと頼んだ。
断る理由などなにもなく、KKはユーリに誘われるまま城の中に入っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
城内の立派な長椅子に腰かけ、KKはただただ圧倒されてしまった。
西洋式のモダンな装飾品や装飾画の数々が薄暗い城の中にところせましと飾られ、独特の雰囲気を醸し出している。
一生自分には縁がないだろうな・・・などと考え、KKは自嘲した。
「茶を煎れた」
ユーリが、カップを二つを手に戻ってきた。
「サンキュー」
カップの中身は紅茶のようだ。
一口口にすると、爽やかな香りと風味がまず鼻を通り、口の中に鮮やかに広がった。これも相当いいものを使っているに違いない。
「来てくれるとは思わなかった」
自分は紅茶に口をつけず、ユーリはKKの隣に腰かけた。
「アッシュに誘われたんだよ。ユーリが元気ないから来てくれないか」
さすがに「様子がおかしいから来てくれ」と言われたとは言えず、適当につくろった。ユーリは薄い笑みを浮かべていた。
「アッシュが・・・」
「いい友達だよな」
「全くだ」
「それにしても、なんか病気か?ずいぶんやつれたみたいだけど」
「ああ・・・今ちょうど話そうかと思ったところだ」
ユーリがおもむろに立ち上がった。
なんだと思ったその瞬間、突然目の前が真っ白になり、KKは椅子から前のめりに倒れた。手にしていたカップが音を立てて割れた。
「立てないだろう。ベラドンナの葉を加工したものだ」
「てめえ、さっきの紅茶・・・」
「気付いてももう遅い」
ユーリは、KKを見下ろしながら満足そうに笑った。
「私はどうにかしてしまったらしい。お前の血を吸ったあの時から」
「なに・・・?」
「お前の血には、不思議な力がある。吸血鬼を捕らえて離さない、他の人間とは明らかに違った高貴な血だ。おそらくは、幼いころから血に親しんだお前の経験と持って生まれた素質だろうな」
「だからって、なんで・・・」
「私はお前の血の味が忘れられず、いつの間にか女性の血を吸えなくなってしまった。結果私は弱り、こうして城に閉じこもらざるを得なかった・・・」
「そんな時、お前が現れた。これはもはや運命だ。私にお前の血を吸えという使命だ」
「もう「一度きり」とは言わせない。お前は私の専用の食糧だ。」
ユーリの声が、何重にも聞こえる。
「ユーリ、お前・・・」
吸血鬼の、その甘美に酔う表情。
哀れな贄はただ薬の力に屈伏され、その意識を手放した・・・
自らの運命を予感しながら。



それから、奇妙な噂がたった。
ユーリの城の地下から、夜、毎日決まった時間に水の音が聞こえてくるという。
その音は日々絶えることなく響き、ときおり悲鳴と喘ぎが混じるという・・・
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