フチガミ
お前は、綺麗だ

例えば、なんで産まれたばかりの赤ん坊があんなに綺麗な目をしているのか。
それはひとえに「人間」を知らないからだ
人間は汚い。他のどんな生き物にもない汚さを持っている。
その汚れは、あっという間に純粋さを奪い去る
そんなわけで、人間である両親に育てられるうち、綺麗だった赤ん坊は瞬く間に立派な人間になり、それがまた子を産む・・・
素晴らしい連鎖だ。ため息が出る

今まで俺が見てきた人間は、みんなそうだった(たまに純で綺麗な音楽を生み出す人間らしくない人間もいた。)
だが・・・

俺がある時出会ったこいつは、全く別だった
なにせ小さなころから「他人の排除」しか頭になかったものだから、必然的にこいつはずっと一人だった。
一部の人間にはまあ心を許していたようだが、そいつらも結局は他人を排除することを生きる術とする奴らだ。
自然、周りからは人間が消えていき、そのために余計な汚れを負わなくて済んだらしい
だから、こいつはずっと綺麗なままだった。

俺はそんな綺麗なお前が好きだったのに・・・

汚れたお前なんて、想像も出来なかったのに

ある日を境に、ふとこいつの心の純度がくすんで見えはじめた。
それは日に日に明瞭さを増し、やがて俺を脅かすまでになった

おかしい

なぜこんなにも早い速度で心の劣化が進んでいるのか

俺はその原因を突き止めるため、1日こいつを尾行することにした。


原因は、悲しいほどすぐに判明した

こいつは人に会っていた。
その人間には見覚えがあった。以前のパーティーの客だ。
確か、人間の髪を整える仕事をしている・・・マコトとか言ったか。

そして、こいつとマコトは、なにやら親しげに一言二言交わした後、路地裏の方へ消えていった・・・

自分の激情を抑えることなど、不可能だった

明らかにあいつらは親しい関係だ。
今までほとんど人間に触れあわないことでかろうじて保たれていた純度がくすんだのはそのせいだ・・・
あいつが、KKをたぶらかしたから・・・!

汚しはさせない

こいつは・・・KKは俺のもんだ

ずっと綺麗なまま、俺の側にいるんだ・・・

「よお、KK」

後ろから突然呼び掛けられ、KKは足を止めた。
「MZD・・・?」

そこにいたのは、全身真っ黒の、いつもとは全く雰囲気の違う神。

「外出か?楽しそうだな」
「ああ・・・まあな。これからこいつに付き合って、なんとかっていう映画見に行くとこだ」
「「キングダム」ですよ!」マコトが口を挟んだ。
「それに、そんな言い方心外だな。ケーさんも結構乗り気だったじゃないですか」
「うるせえよ」
その二人のやりとりを、神は少しも表情を乱さず聞いていた。
いつもとは明らかに様子のおかしい神に、KKは尋ねた。
「それにしてもお前、どうしたんだそのカッコ」
「カッコがどうかしたか?」
「いや、真っ黒じゃねえか。」
そう言った、次の瞬間。
激しい光とともにすさまじい衝撃が辺りを包んだ。
「なっ!」
驚いて隣を見ると、マコトの姿がない
「マコト!」
マコトは先ほどの衝撃波をまともに食らい、かなり遠くまで吹き飛ばされていた。
その弾みで、背中を強く建物の壁に打ち付けたようだ。
「マコト、マコト!」
「け、ケーさ・・・ん」
マコトは腹から血を流し、その下にみるみるうちに血だまりが出来はじめていた。
ひどい出血だ
このままでは命が危ない・・・
暗く人影のない路地裏に、血の臭いが漂う。
「なにしてんだお前!」
明らかにさっきのはマコトを狙って放たれたものだ。
反射的に銃を構えたKKを、神は鼻で笑った
「俺に銃を向けんのか?無駄だって分かってんだろ」
神に物理的な攻撃は通用しない・・・

そんなことを自慢気に話してときの無邪気な姿とは違う雰囲気の神の暗い目に、思わずKKは銃を下ろした。
「お前、いきなりトチ狂ったか・・・!?」
「いーや、俺はいたって正常だぜミスター」
ニヤリと笑うその顔は、まさに「神」のものだった。
「ただ、「俺」が表に出てきたのはもう三百年ぶりだからな。お前とははじめましてになるんだろうな」
「お前・・・MZDじゃないのか!?」
「なに言ってんだよ。俺はMZDだぜ」
神は一瞬のうちにKKに近づき、彼のあごに指を当てた。
KKは体を動かそうとしたが、まるで金縛りにあったようにびくとも動かない。
「ただ・・・俺はお前と暮らしてた神の「裏側」だ」
「裏側・・・?」

神はKKのあごを指で持ち上げ、目を細めて言った
「俺は世の中全ての膨大な「音」を司る神・・・。かかる負担も半端なもんじゃないんだよな。人間の「悲鳴」、「断末魔」「罵詈雑言」なんてのもみんな「音」だし」
神は、ちらりと地面に目をやった。顔も動かせないから想像するしかないが、そこにはマコトがいるはずだ。
苦しそうなマコトの呼吸が聞こえる。
聞こえるのに、この状態ではどうしようもない・・・
「だからその負担がある程度たまったら、心の奥ふかくにしまって、鍵かけて封印してるわけ。そうすれば面倒な感情に振り回されて苦しまなくて済むからな」
「・・・お前は、その「感情」が形になった人格なのか?」
「そうそう!さすがはKK、物わかりいいな」
神は嬉しそうに微笑んだ。
「で・・・なんでその人格がマコトを攻撃するんだ。こいつがなにかしたっていうのか」
「ああ、大変なことをした」
「なに・・・?」
「こいつは、綺麗なお前を汚した。これは大変な罪だ。だから排除しなきゃならない」

その神の声は、ぞくりとするほどに冷たかった

「俺が、汚された・・・?なに言ってんだ。こいつはただの遊び仲間だ。俺はなにもされちゃいない!」
「自覚もないのか・・・だからいけないんだよ」
神は、ゆっくりと手を上げた。
「罪ある者には制裁を・・・」
手から、先ほどの衝撃波の光が発せられる。
「死ね」
「やめろーーっ!!」
光が放たれる・・・

かと思われた。
KKも目をつむった。
だが
「やめた」
「!?」
その言葉とともに神の手の中の光は消え、KKにも動きが戻っていた。
「こいつを殺しても意味ないからな。」
ようやく・・・
ようやく、神の目が覚めたらしい。
またいつもの神の気まぐれか、だがなんにしても助かった。
早いところマコトを病院へ連れていかなければ。
KKがマコトを助け起こそうとした、その時、KKは急な息苦しさと共に意識が薄れるのを感じた。
神の手が、KKの首筋に押しあてられていた
「だって、お前ももう汚れてるから。KK」
「ぐ・・・!」
息が、喉を通らない。
特に強い力で絞められているわけではないのに、まるで気管全体を握られているかのようだ。
「この男一人殺しても、汚れたお前はまた別の奴をたぶらかすに決まってるからな。なら、方法は一つだ」
さらに気管が圧迫される。
空気が喉に引っ掛かり、小さく音をたてた。
「KK、俺と来い。俺と別の世界で暮らすんだ。そこには人間がいないからお前がこれ以上汚れる心配はないし」
そう言い、神はKKから手を離した
「苦しかったか?まあこれはお仕置きってやつだ」
ゲホゲホと咳き込み酸素を取り入れるKKに、神は手を差しのべる。
「ああそうだ。俺と一緒に来れば、そいつのケガも治してやるぜ。もう二度と手出しもしないし」
「マコト、を・・・?」
「ああ」
神は不敵な笑みを浮かべた。
「お前は別の世界でずっと俺と一緒だ。そこで俺がお前をもう一度綺麗にしてやるよ」
KKは、地面にうずくまるマコトを見た。
顔が真っ青で、一目で危険な状態だと分かる
「ケー、さ・・・」
小さく泣きそうな声で訴えるマコトの目は、「行くな」と言っていた。

KKの心は決まった

「分かった・・・。俺はお前と行く」
KKは、神の手をしっかりと握った。

「ケー・・・さん・・・」
「悪いなマコト。妙なことに巻き込んで。俺のことは・・・悪いが忘れてくれ」
行っちゃダメだ、という一言は、出てこなかった。
血を失いすぎ、今までかろうじて気力だけでもっていたマコトの体は、ついに限界に達した。
彼は、ゆっくりと意識を失い、そして地面に倒れた。


「それじゃあ、さっさと行こうぜ神サマ」
「ああ。交渉成立だ」

その言葉と共に、二人の姿はその場から消えた。




・・・・・・・・・・・・・・・
目が覚めると、そこは病院のベッドだった。
「ここは・・・」
一瞬なにがあったか分からず、けれどもすぐに記憶はよみがえってきた。
「ケーさん・・・」
自分を助けるために神と一緒に異世界へ行った、愛しい人。
「ケーさん・・・!」
名前を呼びたくなる。
無駄だとは分かっている。分かっていながら、そうすることで彼が帰ってくるような、そんな気がして。
「忘れるなんて、忘れるなんて出来るわけない・・・!」
彼は、名前を呼び続けた。
そうして、いつまでも記憶に残るように・・・・・・
自分の中に、彼を留めるように。
彼は名前を呼び続けた。
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