かくれんぼですよ!
はあ・・・。
ため息ばかりが口から出てくる。
なんでこいつを部屋に入れてしまったのだろう、と後悔したってもう遅い。それは自分でよくわかっている。
「さあ、体操をはじめましょうか」
うれしさ満面、という雰囲気でこちらに迫ってくるのは、テントカントという男。
とある音楽パーティーで一緒になってから、なにかと俺のことを追い掛け回してくる変なヤツだ。
そんなテントが俺の部屋を訪ねてきたのはついさっき。そして俺は、ほんのわずかな時間でほぼ丸裸にされてしまっている。
「そんなみだらな格好で誘ってるなんて・・・相当な好きモノですね、スモークは」
「お前がさせたんだろう!」
「言い訳は見苦しいですよ。私を招き入れたのはあなたでしょう」
俺は言葉に詰まった。たしかにその通りだ・・・だがこんなところにのこのこ入ってしまったのは、「もっとピアノを弾く指の動きを滑らかにする体操を教えてあげましょう」なんて言って騙されたことが原因だから、明らかにこいつが悪い。
まんまと騙されて言われたとおりに手首を縛ったそのとたん、急に後ろから押し倒されて足まで縛り上げられて服まで脱がされるなんて誰が想像できるだろうか。
「さあ、楽しい体操を始めましょうか」
「この時点ですでに楽しくないんだが・・・」
「すぐに気持ちよくなりますから」
「論点をすりかえるな!」
だが、テントは俺の反論を無視して、気持ち悪いくらい優しく俺の胸をなでさすった。
「あぅっ・・・!」
悲しいかな、この行為に慣れきってしまった俺の口からは、反射的に出したくもない情けない声が漏れてしまう。それに気を良くしたのか、調子に乗ったテントの手が俺のむき出しの局部に触れた、ちょうどそのときだった。
「お・じ・ちゃ〜ん!」
俺は思わず身をすくませた。
この声は、MZDの影・・・。ハテナのものだ。よりによって、一番来て欲しくないヤツが来てしまった。
「どうしました、スモーク。感じすぎて放心してしまいましたか?」
「お前いっぺん死んでしまえ」
「あいにく、死んだ状態から生き返る方法はまだ発見しておりませんので・・・」
うるさい黙れ!と叫ぼうとして、俺は自分で自分の口を塞いだ。壁一枚隔てたこの状態でうかつに大声を出せば、一発で俺がここにいることがバレてしまう。
いや、自分の部屋なんだから俺がいたって当然のことなんだが、今は状況が状況すぎる。手足を縛られて、上着以外脱がされた状態で床に転がされてるなんて、普通じゃない。
もし、こんな体勢でいるのをアイツに発見なんてされたら・・・。きっと、ヤツは喜んでこの不当なイジメに加わってくるんだろう。そして、俺は二人がかりで徹底的にやられてしまうに違いない。
・・・考えるだけで吐きそうになるが、ともかくここで発見されたら終わりだ。男として。
「おじちゃーん、いないの〜?」
能天気な声がなおも聞こえてくる。
ああ、俺はここにはいない、いないんだ。だからとっとと帰ってくれ・・・!
だが、俺の期待をしっかり裏切って、ヤツの声はよりいっそう大きさを増していく。
「おじちゃん、いるんでしょー?いっつもお昼にはここでピアノ弾いてるの僕知ってるんだからね!」
ストーカーばりの情報収集には素直に感心するが、ともかく今日は俺はいないんだ、そういうことにしろ。
俺はこのときはじめて、神に祈った。
・・・MZD、子供の監視はちゃんとしとけ・・・!
「ハテナく・・・」
不意にテントが声を上げたので、俺はあわてて体全体で飛び上がってやつに渾身の体当たりを食らわせた。
あまり体格のいい方でないテントは、俺の勢いに負けて派手にすっとんで盛大にコケた。
「なにをするんですかスモーク。私にギャグキャラ的なリアクションをさせるなんて」
「お前、そんな声出したらバレるだろうが!」
「いいじゃないですか、どうせ楽しむならハテナくんも混ぜてあげては・・・」
それをされたくないばっかりに、俺はこんな努力をしているんだ。それをこいつは・・・!
「そんなことをするなら、もう金輪際お前の実験とやらに付き合ってやらないからな!」
バレないと思われるギリギリの声で、俺はテントをどやしつけた。テントは一瞬ひるみ、ここに来てはじめて困惑しているらしき表情を見せた。
「それは・・・困りますね」
「それが嫌なら、今はあいつが帰るまでおとなしくしててくれ」
「・・・まあ、いいでしょう。またハテナくんを誘う機会はいつでもありそうですしね」
・・・そんなことさせてたまるか、とツッコミを淹れたいのはひとまず我慢して、俺は気配を殺すことだけに集中した。
寒い・・・。ただでさえほとんど裸なこの状態で、微動だにしないでいるというのはほとんど拷問だ。
ハテナ、頼むから、俺が凍死する前に帰ってくれ・・・。
「おじちゃーん、本当にいないの?」
ハテナがドアをドンドンと叩いている。その振動が床まで伝わってきて、体がびりびりと揺れた。
ボロ屋の薄い壁を、これだけ疎ましく思ったことはない。
もっと防音設備をしっかりしておくんだった・・・。
「うーん、本当にいないのかな?」
そうだ、居ない家の前にいつまでもいたら近所迷惑だろ。いい子だから、さっさと帰れ・・・!
「仕方ないな、今日は帰っておやつ食べようっと」
その言葉を残して、ドアの前からふっと気配が消えた。
「・・・行った・・・か・・・?」
「行ったようですね、どうやら」
よかった・・・。
全身の力が抜けていき、俺はばたりと床に倒れこんだ。
「助かった・・・。」
ほっと胸をなでおろしたとたん、上からテントが覆いかぶさってきた。
「それでは、続きをしましょうか」
休む暇も与えてくれないらしい。だが、今はもうどうだっていいことだ。
「勝手にしろ・・・」
「・・いけませんね、飼い主に対してそんな大きな口を叩くなんて、いけないペットだ」
「だ、誰がペットだ・・・!!」
「おしおき、ですね」
結局お前がそれをしたいだけだろ、とは言えなかった。
言う前に俺はテントの口で口をふさがれ、口内を蹂躙された。
舌が入ってくるのを必死で受け止めつつも、俺は次第に頭がぼんやりとしてくるのを感じた。
相変わらずこいつのキスは容赦がない。何度も何度も、ねちっこく攻めてくる。
今回も、一度間をおいて、もう一度。その二度目はずいぶん舌が熱くて、つたなくて、なんだか小さいような気がした。
・・・ん、小さい・・・?
「お、じ、ちゃん♪」
え・・・?
驚いて目を開けた目の前にいたのは、テントではなくさっき帰ったはずのハテナ・・・。
俺は慌てて身を起こして、状況を確認した。ハテナの後ろには、にやにやと笑うテントがいた。
ま、まさか俺、このガキにキスを・・・!?
「お、お前・・・なんで・・・」
「もー、僕をのけ者にして遊んでるなんてひどいよ。どうせそんなことだろうと思って、帰ったふりして気配消して、ずーっとドアの前にいたんだよ」
そ、そんな知恵がこいつにあったとは。
「おやおや、頑張っていたのにバレてしまいましたねスモーク。」
もしやこいつ、最初からグルだったのか・・・?そう思っても、もう遅い。
二人は俺の目の前に立ちはだかり、嫌な笑いを浮かべてこちらをねめつけていた。
「それでは、ハテナくんも含めて三人で楽しみましょうか」
「はーい、僕もがんばりまーす!」
俺は、ただただ絶望するしかなかった。
終わった・・・。
先ほどの頑張りはなにも報われないまま、またこいつらに好きにされてしまう地獄が始まる。
・・・目の前が、真っ暗になっていくのを感じ、俺は意識を手放した。
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