回想
好いた女がいた。 

出会いはとある娼館で、女はそこの看板娘だった。
器量もよくて、どんなに身なりが汚い連中にもやさしく接し、おまけにとびきりの美人。
憂いを帯びた瞳はちょっと伏しがちにするだけで男たちを魅了するには十分すぎた。
娼館で働いていることについても、悲壮さは全く感じさせず、むしろ楽しんで仕事をしている節すら見られた。
亭主もいい拾いモノをしたもんだ。

当時、まだ掃除屋としてはペーペーの駆け出しだった俺も彼女にほれ込んだ馬鹿たちの一人だった。
暇と金があれば娼館に通ったし、貢ぎモノをすることもいとわなかった。
 
ただ、あまりに売れっ子な彼女と会うのは至難の業だ。
定期的に接触するなんてもってのほか、五分でも会えればまだマシだった。
買う、なんて一ヶ月に一度、出来るか出来ないか。 

彼女は本当の意味での「高嶺の花」だった。
そんな花を、俺達は目で楽しんで、ときどき誰が本当にものにするかで競い合っていた。
彼女を中心に、普通は他人の目を避けて楽しむ場所にも妙な仲間集団が出来上がっていて、それはそれで楽しかった。
彼女は、それを喜んでいたようだった。
しかし、転機は突然訪れた。 

彼女を、あるときから独占し始めた男が現れたのだ。
彼女をほとんど毎日買い落とし、朝まで店に入り浸っていく。

なんでも、膨大な金を落としていくために、店主も逆らえないらしい。 

当人は金持ちどころか貧乏の臭いが充満したような貧相な男だったから、連日彼女を買っていくその金の出所がどこなのかは、客達のもっぱらの討論の的だった。
痩せてほとんど骨と皮ばかりのようなその男は、その行動を妬む他の客達から「ガイコツ」と呼ばれた。
俺も遠慮なくその呼び方を好んで使った。
 
ガイコツは無礼で紳士さのカケラもない奴だった。
一度、たまたま同じテーブルで酒を飲むことになったとき、ただ一言も発することなく淡々と自分の杯にのみ酒をついでいたのには驚いた。
そのくせ、金を払う段になると、どこへ行方をくらませたのか、ぱっと姿を消してしまっていて。
あんまりじゃないのか?
そんなこと、殺し屋だってわきまえている。 


彼女はそんなガイコツにもやさしく接していたようだ。
 
いや、それだけではなかった。
ガイコツが現れて彼女を買うようになってから、目に見えて彼女はどんどん綺麗になっていった。
少し残っていた幼さは影をひそめ、代わりにはっとするような妖艶さがにじみ出始めた。 

最初は単に金払いのいい客というだけだったろうが、それは少しずつ、しかし確かな変化だった。

あのガイコツのなにがそんなに彼女をひきつけたのかは分からないが、彼女は明らかにガイコツに惚れていた。 


俺は、情けないことに、焦ることしか出来なかった。
仕事の報酬があるとはいえ、月に何十、何百と金を出すガイコツには敵わないし、一度他の男に向いてしまった女を振り向かせる術など、当時の俺にはどだい無理な話だった。 


そして彼女は、ある日店からぱったりと姿を消した。
あのガイコツ野郎が身請けしたんだ、奴がはらませて無理やり彼女を奪ったんだ、そういえば腹のふくらんだ彼女らしき人を見た、と瞬くうちに噂が広まり、俺は絶望から一時全てを投げ出しかけた。 

仕事ばかりに熱中し、全てを忘れようとした。
けれど、そんなことでは到底この激情を鎮めきれず、俺は独自に調査をすることにした。
彼女の行き先、ガイコツの素性、二人の本当関係。 
そうすることで少しでも気持ちがまぎれるだろうと思った末の行動。逆効果になるだろうというリスクも関係ない。

裏の仕事の人脈が、こんなところで役に立つとはおもわなかった。


それが、いい事なのかどうかは、今もって分からない。 


俺はそこで、真相を知ってしまった。



「ジーさん、それ、誰?」
かすんだ写真を見ていたら、黒が後ろから話しかけてきた。
「昔の写真だよ、もう30年になるかな」
平静を装ったが、内心、心臓が破裂するかと思った。
写真には、やさしく微笑む一人の女がおさまっていた。
あの時、一度だけ仲間同士で悪乗りし、店にも本人にも無理を言って一人一枚だけ撮らせてもらったものだ。
「へー、Gさんの恋人?」
「そんなんじゃない。ただの娼婦とお得意さんて関係だ」
「娼婦ねえ、Gさんにも栄えてたときがあったんだ」
「馬鹿にするない。ワシだってなあ・・・」
だが、言わんとしていた軽口は、次の黒の一言で暗いものに溶けて一瞬で消えうせた。
「なんか、青に似てるな、この人」
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