なつまつり
いつもは辛気臭い神社の通りに、色あざやかな明かりがともっている。
いつもは人っ子一人通らないその場所は、今日は子供の歓声でにぎわしい。
こんな空気に浸るのは久しぶりな上、外との暗さとのギャップでなんだか目の前がちかちかする。

「祭り行こう、祭り!」
気まぐれで思いつき大好きな神が言い出したのは、ついこの間のこと。
「近所の神社で祭りやるんだってさ、最後には花火も打ちあがるらしいぜ!」
盛り上がり方は半端ではなく、あとはいつもの通り、あれよあれよという間に段取りが整い、最終的には職場に乱入されてほとんど無理やり休暇をとらされた。
たまたまフリーな日だったからよかったものの、あのときの同僚達の苦笑した顔が忘れられない。
その後、当然俺は口が渇くまで延々と説教してやった。
最近、口が鍛えられてどれだけ大声で怒鳴ってもびくともしなくなったのが悲しい。

「ほーら、神ー!KK−!早くー!」
高めのデカい声で、俺はようやく我に返った。
人間の子供の姿で浴衣を着たハテナが、わたあめを片手に必死に手招きをしている。
いつもは限られた時間しかこの姿にはなれないはずなんだが、今日の祭りの話を聞いて、その日だけ自由にさせてくれ、と神にせがんだらしい。
「全力で祭りを楽しむ」ことを条件に。
なんだかんだで、神もハテナには甘い。
そのせいか、ハテナは本当にこの祭りに全力を出すことを使命としたようで、昨日からそれはそれは大騒ぎだった。
本当なら俺は真っ先に敬遠したい花火大会(嫌いなんだ、人ごみ)にも、奴は積極的すぎた。
おかげで、できるだけ早く切り上げようという俺の目論見はあっけなく崩れ、これから打ち上がる花火を見るため、知る人ぞ知る小高い丘のの特等席まで行くハメになっている。
どこで調べてきたんだか、特等席なんて。

「ハテナー!俺達あとで行くから、先行って場所とっててくれー!」
途中で買ってやったアンズ飴を舐めながら、俺の横を歩く神が叫んだ。
「はーい!分かったー!」
そのままくるりと背を向けて、一目散に駆け出していく。
その姿は本当に人間の子供と少しも違わない。
「あいつ、楽しそうだな」
「まあ、こんな機会めったにないし。KKは、楽しい?」
まだまだ残っているアンズ飴と格闘しつつ、神が性の悪い目をこちらに向けた。

少し困った。
これは楽しい、んだろうか。 

少し真面目に考えようとして、すぐにあきらめた。
俺はこういう経験がほとんどなかったっけ。

小さいころ兄弟たちとGさんと出かけた覚えがないわけではないが、その記憶はもう淡くかすんでしまって、「行った」という事実がやたらはっきり残っているだけだ。
比べる対象がなければ結論なんて出せない。
今が楽しいのかどうか、はっきり言えばわからない。 

「なんか慣れねえな。あんまこういうとこに馴染みはないし」
考えて、ようやくそれだけ言った。
「確かに。浴衣着るのも手間取ってたよな」
「めったに着ないからな、浴衣なんて」
そもそも、こんな面倒なことになったのはお前の必死の抗議を受けてしぶしぶ浴衣を着るハメになったせいだろ。
本当は甚平あたりで適当に済まそうかと思ったのに。
浴衣は面倒なんだよな、帯の結び方がどうのとか、合わせ方がどうのとか。
そんなこんなで二時間くらい悪戦苦闘した末、結局、最終的にはジーさんに手伝ってもらうという醜態を晒してしまったわけだが。
まあ、苦労はもちろん、ジーさんにそんなスキルがあったという驚きのがデカかったけど。 

「でも、綺麗っていうか、色っぽいよ、KKの浴衣。」
「・・・んなとこでもセクハラ発言か」
「本当のことだしー」
言われて、俺はちらりと同じく浴衣を着ている神のほうをみた。
あんなことを言っているが、はっきり言って、俺よりこいつのほうが浴衣は似合う。
さんざんはしゃいで動き回ったからか、浴衣の前がはだけかけていて意外に健康そうな肌が見えているのも、だらしないというよりむしろ自然で好ましい。
永遠の少年、を名乗るだけあるかもしれない。
大人だったら許されないことも、この果てしなく年上の神様ならなんでも許容されてしまうようだ。

「なーにKK、俺のことじっと見て。もしかして、惚れた?むしろ惚れ直しちゃった?」
「死ね」
「ひーどーい、KKひどい!」
「うるさい」
「イライラしてると体によくないんだぜ」
そう言って、神は俺の目の前に大きなチョコバナナを差し出した。
・・・今までどこに隠し持ってたんだか。
「はい、食べて食べて!せっかく来たのに、KKさっきから何も食べてないし」
とりあえずそれを受け取って、目の前に上げてみる。
つやつやと光るチョコをまとったバナナは、たかがバナナなのに一段も二段も上等な食べ物に見える。
せっかくだし、と心の中で言い訳して一口ほおばると、やはり予想を裏切らない美味さだった。
バナナの甘さと、ちょっと苦いチョコレートの組み合わせは、考えた奴にノーベル平和賞のひとつでもやりたくなるくらいだ。
ふと横を見ると、神がなんともいえないにやにや顔でこちらをじっと見ている。
「チョコバナナほおばるKK、すっごくいやらしいんですけど」
「・・・言うと思った。」
ある意味定番だ、これも。
「でも、美味いな、これ」
「やっぱ祭りといえばアンズ飴とわたあめとチョコバナナだよなー」
「舐めかけの飴振り回すな、汚ねえ」
ちぇ、と舌打ちして、けれど神はなお楽しそうだ。
「なんかさ、こういうの、家族っぽいよな。」
「家族、ねえ」
「俺達が親で、ハテナが子供で。祭りにきてはしゃぐ子供を見守る親、みたいな感じじゃねえ?」
「・・そうかもしれない」
なんだか、こいつが言うと本当にそう思えてしまうから不思議だ。
「あ、もちろんKKがおかあさ・・」
「それ以上言ったら人ごみん中でもぶちかますからな」
「すいませんでした」
ったく、とため息をついてはみたが、なぜか悪い気はしなかった。

・・毒されてる、完全に。

「ふーたーりーとーもー!!!」
お、と俺達は同時に前を見た。
待ちくたびれた元気のよい声が、はるか前方から催促を始めたようだ。
「神ー!KK−!早くしないと花火打ちあがっちゃうよ!!」
「おー、行く行く!」 

呼ばれた神が、アンズ飴片手に走っていく。 

ときどき振り返る神の視線にせっつかれて、俺も自然と小走りになる。
 

これが楽しいかどうかはいまだにわからないけど・・・。

こんなのも、たまにはいいのかもしれない。
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