sweet&sweet
今日は、遠い西の方で神様が生まれた日。

そして、それをみんなでお祝いする日。
の、はずなのだが。

この家だけは、相変わらずそんな世間の空気とは全く違うみたいで。
こんなおめでたい日だというのに、KKはさっきから鍋とにらめっこしてなにやらぶつぶつ呟いていた。
「なんでこんなことに・・・」
普段は大人数用のシチューを作る鍋の中には、今日はなぜだか黄色い液体がたっぷりと波打っている。
かき回してもかき回してもまるで手応えのないそれには、さすがのKKをもうんざりさせるパワーがあった。
「それにしてもなぜバケツプリンなんだ・・・」
KKは思わずため息をついた。
それもこれも、神様がいきなり「今年のクリスマスプレゼントはバケツプリンがいい!もちろんKKの!」なんて言い出したからのこと。
なぜバケツプリンなのかは神様も話さなかったが、そのキラキラと期待に輝く目を裏切ることはKKには出来なかったわけで・・・。
またKKはため息をついた。
もう少し躾は厳しくしなければ。
ちゃんと我慢も覚えさせよう、と彼は心から思った。
作ってみて実感するのは、二リットルのプリンはあまりに強敵だったというその一言に尽きる。

ああ、そういえば。
KKは思い出したようにプリンをかき混ぜる手を止め、冷蔵庫に向かった。

冷凍庫を開けると、そこにはアルミ製の底の浅い容器が、でんと存在感を放っていた。
容器の中には、白いものが凍っている。
「よしよし、いい感じだな」
いとおしげにKKはそれを眺め、持っていたスプーンで中身を念入りにかき回した。
シャリシャリといい音を立てて、中身はほとんど抵抗なく混ぜられる。
これはちょうど今日が食べ頃だろう。

と、その時。
「KKただいまー!」
どこからともなく、我らが神様のお帰りだ。
今日まで来年のパーティーに向けて調節をしていたらしく、珍しく疲れた顔をしている。
「あ、甘い匂い。KK俺のお願い覚えててくれたんだー」
「そりゃ、毎晩毎晩枕元で「バケツプリン、バケツプリン・・・」て呟かれたら嫌でも覚える」
「楽しみだなー、バケツプリン。実は俺、本当はプリンのプールで泳ぎたかったんだけど、それはさすがに無理だし諦めたんだよな」
KKは安堵した。
良かった。この神様にも少しは「人間の常識」を考える頭があったらしい。
「で、プリンはいつ出来るんだ?」
「明日」
とたん、神様の顔が固まった。
「あ、明日!?クリスマスじゃねえか!」
「だから、クリスマスプレゼントにバケツプリンが食いたかったんだろ」
「違うって!イブにバケツプリンが食いたかったの!んで、クリスマスは普通のケーキを食う予定だったんだよ!」
「勝手に予定するなよ」
「ならKK、早くバケツプリン作って今日に間に合わせてよ」
「無理だな」
間発入れないKKに、神様は顔をくしゃくしゃにして抗議した。
「なんで!?」
「こんな大量のプリン、二時間やそこらで固まるわけないだろ。今からこれをバケツに移して、知り合いの菓子屋の冷蔵庫で冷やしてもらうんだから、最低でも明日の夕方までは食えない」
有無も言わせないKKの応酬に、さすがの神様も黙りこんでしまった。
「じゃあ、ケーキは?」
「それも明日。そもそも作ったケーキすぐ食っても美味くない」
「じゃあ、今日はなんもなし!?」
神様はその場に崩れ落ちた。
よっぽどショックだったのか、うつむいて肩を小刻みに震わせている。
小さな声で、「俺、プリン励みに頑張ってきたのに・・・」と聞こえた。

ここまでがっかりされると、何故か神様がひどく可哀想に思えてくる。
「馬鹿野郎。俺がイブになんも用意してないと思ってんのか?」
「え?だってケーキもないんだろ?」
KKはにやりと笑った。
「クリスマスにはケーキだが、イブには決まりがねえだろ」
KKはミトンをはめて冷凍庫を開け、先ほどのアルミバットを取り出した。
「よく冷えて今が食べ頃だぜ」
バットの中身をスプーンですくって、スプーンごと神様に差し出す。
当の神様はきょとんと目を丸くしていた。
「それ、もしかしてアイス?」
「そう、アイス」
「こんな寒いのに?」
「いいから食え」
ぐい、とスプーンを押し付けると、神様はしぶしぶながらそれを口にし、そしてはっとして目を見開いた。
「なんだこれ・・・」
「美味いだろ?」
「口に乗せた瞬間に溶けたぜ!」
「いちいち状態を確認しながら、かなり気をつけて凍らせたからな。きめ細かい感じに出来てるはずだ」
アイスクリームは、凍らせるときにどれだけ空気を入れられるかで口どけの良さが決まる。
だからKKは、アイスがいい感じに固まるまでずっと気にしながら、かき混ぜかき混ぜを繰り返していたのだ。
他ならぬ、このワガママな神様のために


「KK・・・。KKって本当に最高だよな。本当に俺のこと大好きなんだな」
「なんだよ、さっきまであんなに拗ねてたのが」
KKは笑って、戸棚からアイス用のコーンを取り出し、今度はその上にアイスを乗せた。
「ほら、お前、アイスをコーンで食うの好きだったろ?」
神様は夢中になって食べ始めた。
あまり急いで食べたものだから、口はもうベタベタになっている。
KKは微笑して肩をすくめた。
「もっと落ち着いて食えって」
その口をタオルでぬぐってやりながら一応突っ込んではみるけれども、神様の食べっぷりをみていると、心が満足感で満ちてくる。
こんなに気持ちよく、そして嬉しそうに自分の料理を食べてくれるのは神様をおいて他にいない。
この調子ならきっと、あの二リットルのバケツプリンも苦もなく完食するのだろう。

「なあ、MZD」
アイスを食べ終わって、満足そうな神様に、KKはぼそりと呟いた。
「いつも、サンキューな・・・」
「いいえ、こちらこそ。これからもよろしくな、KK」
その神様の言葉をきっかけに、どちらからともなく抱き寄せ、抱き寄せられ、二人はぎゅっと体を密着させた。

神様から甘い匂いがする。
それから重ねた唇は、もっともっと甘かった。


次の日、もちろん神様はバケツプリンを一人であっという間にたいらげた。

まるで豆腐をすするようにプリンを食べる神様を見て、KKは「これはいつか本当にプリンのプールを作れと言われる日がくるかもしれない」と内心で恐怖したという。



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