まちぼうけ
彼の仕事は不規則だ。
例えば一昨日は朝早くから出かけて帰ってきたのは夕飯時だし、昨日は深夜にもそもそ起き出して、朝になって戻ってきた。
出勤時間も勤務時間もバラバラ。
こういう場合、だいたいが夜のお仕事だ。

そして、今日もそうだった。
昼過ぎ、ぼんやりと休日を過ごしていた俺たちの目を覚ますように、突然電話がかかってきたんだ。
とったKKが一瞬眉をしかめたので全て分かった。
多分、ジーさんから直接の仕事指示だろう。
KKは、俺はなんだかんだ言ってジーさんに逆らうことは出来ないんだと、以前酒が入った席で言っていた。
二人の間になにがあったかは知らないが、とにかくKKは少し苦い表情で電話を置き、俺に
「悪い、今日も仕事だ」
とだけ言った。
「やっぱり仕事かよ。今日は1日ゆっくりできるって言ってたじゃねえか!」
一応不服を伝えてはみたものの、「悪い、埋め合わせはするから」と困った顔で謝るKKに、それ以上はなにも言えなかった。
しつこく言ってしまってはいけないことくらい、なんとなく分かる。
「帰りは遅いのか?」
「それほどは遅くならないと思う。俺はベテランだからな」
KKは寂しそうに笑った。
そうして、彼はあっという間に身支度を整えて、愛用のカバンと共に出ていった。

俺は一人になった。
取り残されると、狭いはずのアパートの一間が何故か広く感じる。
「なあ影、どうするか」
俺の中にいる影に話しかけようとして、俺ははっとした。
そういえば今日は、影が寝る日だった。
影は自分の中身の整理をするために定期的に寝るのだが、一度寝てしまった影は、1日経たないと何があっても絶対に起きない。
俺は本当にこの部屋に一人になってしまった。
「どうしよう」
やることがない・・・
もう次のパーティーの手配はばっちりで後は開催を待つばかりだし、年末のこの時期は誰もが忙しいから相手してくれる奴もいない。
ていうか、暇してる俺のが珍しいのかも知れない・・・。
「仕方ない、俺も寝るか」
やることないときは寝るに限る、とKKが言っていた。
俺は適当に床に転がろうとして、ふといけないことを思い付いた。
いつもは立ち入り禁止なKKのベッドで寝てやるのはどうだろう。

KKはああ見えてかなり綺麗好きで、自分の寝床が他人に荒らされるのが我慢ならないらしい。
だから、一緒に寝るときは決まって床に布団を敷いているんだが・・・。

今なら、ベッドに潜入できる!

俺は、そっとKKのベッドに腰かけた。
いつもならこの時点で「降りろ!」と怒号が飛ぶが、もちろん今は誰も咎める者がいない。
俺は腰かけた体勢のままゆっくりと体を倒して、背中からベッドに体を預ける。
古いベッドのバネが悲鳴をあげるように軋んで音をたてた。

なんだかとてもいけないことをしているみたいだ。
今はKKがいないのだから怒られるわけないのに。

俺は仰向けの体をごろりと半回転してうつぶせにし、ゆっくり息を吐きながら目を閉じた。

眠気はすぐにやってきた。
とても不思議な気分だ。
俺は初めてここで寝てるはずなのに、どうしてこんなに安心するのだろう。
一人で寝てるはずなのに、どうして温かさを感じるのだろう。
手を伸ばせば、すぐそこに大好きな人がいるような、そんな気がする。
「KKの匂いがする・・・」
独り言を呟きながら、俺はゆっくり眠りに落ちていった。

目が覚めたら、8時だった。
寝たのは3時ごろだったから、5時間は寝ていたことになる。
「やべ、寝過ごした」
6時までには起きて寝床を整え、KKにバレないようにするつもりだったのに・・・
そこまで思って、俺ははたと気が付いた。
今まで寝床から引きずり降ろされずに寝ていられたということは・・・
日はすっかり沈んで部屋は暗いのに、電気はついていない。
KKが帰ってきていないのは明らかだった。
家を出てから5時間。
もう帰ってきていてもよさそうな時間なのに。
「長引いてんのかな」
仕事が長引くこと自体は珍しいことじゃない。
だが、なんだか嫌な予感がする。
俺はカーテンを開けてベランダの窓越しに外をみた。
冬の透明すぎる暗闇が一層不安を煽る。
だからこんな気分になるんだ。
気のせいだと、自分に言い聞かせる。

それから一時間が経ち、二時間が経った。
なおもKKの帰ってくる気配はない。

なに一人で焦ってんだ。

俺は自嘲して、気分を変えようと思いテレビを付けた。
ブラウン管の中でやる気のなさそうなアナウンサーがニュースを読んでいる。
ニュースの内容は、東京都●●区の駐車場で集団暴行事件があったということ。
集団、暴行・・・。

俺は反射的にテレビを消した。

胸がバクバクする。
知らず知らずのうちに息があがっていた。
考えれば考えるほどに、心臓が弾けてしまいそうだ。
KKは今日間違いなく人間を殺しに行った。
そして、殺しに行くということは、同時に自身の身を危険に委ねるということ・・・。

KK、KK・・・!
俺は心の中で叫んだ。
なんで帰ってこないんだ?
「遅くならないと思う」って言ってたじゃねえか。

もう、11時半を過ぎた。
もうすぐ日付が変わる。
ダメだ、変わるな、変わらないでくれ・・・。
俺は祈った。
たかが1日日が進むだけ、カレンダーなら紙を一枚めくるだけの話。だがそれは、絶対に許されないことのように思われた。
今日というその日に、KKを置いてきてしまう。
俺だけが「明日」に向かう。
そんなこと耐えられるものか。

「明日」まで、あと15分。あと10分・・・

夜もずいぶん遅くなってしまった。

俺は深夜スーパーで買い込んだ食品を手に提げながら、少し急ぎ足で家に向かっていた。
時刻は11時半。
家を出てから実に八時間だ。
サラリーマン並みの労働時間、よく働いたものだと自画自賛したくなる。

今日の仕事は立て込んだ。
本来なら、会議の終わった標的が建物から出てきたところを隣のビルから狙い撃つ予定だったのだが、その会議が長引いたらしい上に意外に標的のガードが固く、結局標的が自宅に帰る車の中に爆薬を仕込んで無理やり始末せざるを得なかった。
爆薬は時限式に起動するようにセットしたから、ちゃんと仕事が済んだかを確認するために待機していて大分時間を食ってしまった。

あいつ、待っているだろうな。

無責任に「遅くはならない」なんて言わなければよかった。
俺は小さく息をついた。
冬の寒い空気に、俺の息だけが白い。

帰ったら、前に買った小さな土鍋で味噌鍋にしよう。
夜も遅いから全体的な量は少なめに、けれどあいつの好きな肉団子は大量に入れてやる。

ふと、あいつが「美味い」と言いながら極上の笑みを浮かべている顔が頭をよぎった
どんだけ俺はあいつに毒されているのだろう。
俺は自身を鼻で笑い、家路を急いだ

部屋の前まで来て、異変にすぐ気付いた。
電気がついていない。
あまり暗いところを好まない神様にしては珍しいことだ。
もしかしたら、待ちくたびれて眠ってしまったのかも知れない。
だとしたらこの鍋セットは意味ねえな。少し残念のような、労働が減ったと喜ぶべきか。

俺はポケットを探って鍵を取りだし、いつもの通りに鍵を開けた。
「ただいまー」
部屋の中は光一つない。
自分の部屋であるはずなのに、まるで別の世界のようだ。
台所も、ベッドも、テーブルも、なに一つ見えない。
もちろん、神様も。
「神様?いるのか?」
俺は手探りで電気のスイッチを押した。
やっといつもの景色が戻ってきた。
と、その時。

「KK・・・」
聞きなれた声にそちらを向くと、うつむいた神様が椅子に座っていた。
「悪いな、遅くなって。今メシ作るから・・・」
俺は買い物袋をテーブルに置き、エプロンをするために部屋の端に移動しようとした。
と、そのとき。
神様が急に立ち上がり、正面から俺に抱きついてきた。
なんだと思う暇もなかった。

「ど、どうしたんだおい!」
神様は無言だった。
なにも言わず、ただぎゅっと抱きついて俺の体から離れない。
しばしの沈黙が間を支配する。
強い力を加えられているわけではないのに、なぜかひどく痛かった。
「おい、MZD!?」
「・・・・・・た」
なにか、ぼそりと神様が呟いた。
頭を下に向けて耳を傾けると、震えるような神様の声が聞こえた。
「馬鹿野郎、心配したんだぞ・・・!」
俺は思わずびくりとした。
「KKが、KKがこのまま帰ってこないんじゃないかと思って・・・!KK可愛いから、どっかで誰かに襲われたんじゃないかと思って・・・!」
「んなわけあるかよ!」
「本当に、そんなことしか頭に浮かばなかったんだよ!心配させやがって!」
神様はそのまままた黙りこくった。
俺を抱く腕が、ふるふると震えている。
密着させた胸から、心臓の動きが早いのがやけに伝わってきた。

心配、か。
俺は天井を仰いだ。

今まで、心配なんて、するばかりでかけさせたことなんて一度だってなかった。
俺は帰ればいつでも一人で、だから、心配して家で待っててくれてる奴がいる生活なんて考えもしなかったのに。
でも、この神様は俺を「心配」してくれて、こうして怒ってくれているのか。
俺は、そっと神様肩に手を置いた。
「大丈夫。俺は、今確かにここにいるから」
「KK・・・」
「お前を置いてどこかに行ったりなんて、絶対にしない。そもそもお前みたいなのを繋いでおけるのは俺くらいだろ」
神様は俺の目をじっと見て、そして腕を離した。
「ていうか・・・俺、KKがいなきゃこの世界にいる意味ねえんだよ。楽しみがなくなっちまう」
その顔には、かすかに笑みが浮かんでいる。
俺が神様をつなぎ止めてるわけか。なんて大層なお役目だこと。
思わず釣られて笑顔になってしまった。
「じゃ、すっかり遅くなったが、鍋でもするか」
「鍋!?肉団子あるか?」
「今から急ピッチで作るから。お前も手伝え」
「そういうことなら任せろ!」
神様はあっという間に機嫌を直したようだった。
嬉々として新品の鍋を物置から取りだし始めた。

俺は、ふと、自分の血の通った手をみた。

よし、俺は今、ここにいる。
神様と一緒に、今日も生きている。
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