ごちそうさま!
「ごちそうさま!」



「腹減った!」
玄関のドア開けての第一声がそれか。
俺は、心の中で激しく突っ込みを入れた。
この神様はときどき、何の前触れもなく俺の家に現れてはこうして唐突になにか欲求をつきつけてくる。
もう時間は夜の11時過ぎ。
俺はとっくに自分の飯を外で済ませて、これから明日に備えてゆっくり休もうかという最中だったのだが。
「今、なんもねえぞ」
「なんでもいいから食わせてくれー!俺もう死にそうだって」
そういいながら、神様は早くも居間に上がりこんで文字通り「だだをこねはじめた」
また厄介なことになった・・。
神様に死ぬもへったくれもあるわけないだろ、とぶつぶついいながら、俺は冷蔵庫の中を覗き込んでみる。
予想はしていたが、そこには案の定ろくなものが入っていない。
いつも買い置きして常備されている酒類を除けば、昨日大量に炊いて余った飯と、牛乳、卵、ハム、しなびたにんじん(これはさすがに食えないので処分決定だが)それに各種調味料が申し訳程度。
ため息が出ちまうラインナップだ。
「神様、食料残ってないぜ。これじゃろくなもん作れねえよ」
自分ひとりならこれでも数日は生活していけるが、俺としては、こいつには適当なモンを食わせたくないという気持ちがある。
一応、ほら、この人神様だし。お怒りに触れたら大変だろ。理由としてはまあ、そんだけなんだけど。
「だから、今日はどっか外で食べて・・」
「いいって、別に。俺、KKの作るモンならなんでも食えるぜ」
有無も言わさぬうれしいお言葉。涙が出ちまう。どうやら、なにがあってもここで飯を食っていくということは譲らないつもりらしい。
俺の中の何かが切れた。
ああ、そうかい。
そっちがそういう気なら、こっちだってやるしかない。
「本当にここで食っていく気か?」
「そのとおり。俺、今日はいっぱい働いたから腹減っててさ。KKの料理が食いたいんだよー」
「分かった。そこまで言うならやってやろうじゃねえか」
「おお、燃えてんなー、KK。そんなに俺のこと愛してんのか?」
全く緊張感のない神様の声をとりあえず無視して、俺はコンピュータのごときスピードでメニューを考えた。
この冷蔵庫の余りもんで作れる料理といえば、俺にはひとつしか思いつかない。
早速、使えそうなものをすべてかき集めて、俺の戦いが始まった。
・・しかし、今日は表も裏も仕事がきつかったからこれ以上働く気はなかったんだけどな。

さて、調理開始。
まず冷蔵庫に残っていた唯一の加工食品・ハムを適当な大きさに切ってから、フライパンに油を入れて熱し、そこに投入。適当な感じになるまで炒める。本当は鶏肉とグリンピースを入れたいところだが、今の状況で贅沢は言えねえからこれで妥協だ。
ハムがいい感じになったら、今度はそこに冷やご飯を加えて一気に加熱。米粒が一粒一粒パラパラになるようにフライパンを振りながら炒めていく。
「すっげー」
突然背後からした声にぎょっとして振り返ると、そこには、好奇心で目をきらきらに輝かせた神様がいた。
「マジすげー、KK。本物の料理人みてえ」
どうやら、俺がフライパンをふるって飯を炒めている姿に、どこかのTV番組で見たプロの料理人をダブらせたらしい。
「なあ、火。火は出ねえの?」
そんなことを言ってくる。一日に何度か思うんだが、こいつ、本当に神様なんだろうか。
馬鹿野郎、たかがチキンライス作るのにいちいち火噴いてどうすんだ。とあしらってやると、神様は露骨にがっかりした顔をしておとなしく居間へ戻っていった。
どうやら、フライパンから火が出ないから興味がうせたらしい。
ようやく静かになった台所で、俺はまた作業を再開した。
いい感じに炒まった飯に塩コショウで味を調え、味の要のケチャップを加えてからまた軽く炒めれば、これでひとまずチキンライスの完成。
ケチャップのいいにおいが辺りに漂った。我ながらなかなかいい出来だ。
出来上がったチキンライスを火から下ろし、今度はソースの準備。
普通にケチャップを使ってもいいんだが、材料がなくて適当になっちまった分、ソースくらいは遊んでみるのもいいだろう。
奇跡的に冷蔵庫の奥のほうで生き残っていた市販のハヤシライスの顆粒ルーを湯で溶かし、そこに赤ワインとウスターソースを少し加えてアルコールを飛ばしたら出来上がり。
簡単だが、一工夫するだけでずっと市販のハヤシライスソースがぐっと美味くなる。
ソースが出来上がったところで、いよいよコーティングのための卵の準備だ。
小さなボウルに卵を二つ割りいれ、解きほぐしながら塩コショウ。
そして、ここからが天才料理人・KKさんの一工夫。その卵の中に、少量のマヨネーズを入れる。こうすることで、焼いたときに卵がふわふわになってコクが増すんだ。
調味料が混ざったら、いよいよ最後の仕上げ。
さっき作ったチキンライスをあらかじめ皿に盛り付けておき、バターをしいて熱したフライパンで卵をオムレツ状に焼く。
これを皿の上のチキンライスに乗っけて真ん中に切れ目を入れてやれば、自然に半熟の卵がチキンライスを包んでくれるという寸法だ。
こうすれば万が一にも型崩れを起こす心配がない。
本当なら正統派でフライパンを使って形を整えたかったんだが、ここでミスしてやりなおしになったら神様がマジギレするだろうからな。
そんなことを考えているうちに、卵がいい感じに固まってきた。
ここからは時間との勝負だ。すばやくオムレツになった卵を火から下ろし、慎重かつ迅速に作業を遂行する。
まるで仕事みてえだな、とか、なんとなく思った。
しっかりとチキンライスの上に乗ったオムレツにナイフでそっと切れ目を入れてやれば、俺の思惑通りとろとろの卵はチキンライスを見事にコーティングし、いかにも美味そうな塩梅に仕上がった。
その上に、さっき作ったソースをたっぷりかけて・・。
はい、これでKK特製オムライスの完成でーす。
余りモノでこれだけのものを作ってのけるとは。さすがは俺だ。

「おーい神様、できたぞ」
居間でぼんやりしていた神様に声をかけて出来上がったオムライスを目の前のテーブルにおいてやると、とたんにものすごいスピードで反応が返ってきた。
「うわ、美味そう!」
テーブルをひっくり返さんばかりの勢いで、神様はオムライスに身を乗り出した。
「俺がわざわざ作ってやったんだ。たんと食えよ」
神様は、まってましたとばかりにスプーンを引っつかんだ。
いただきます、と言ってから口にオムライスを運ぶまで、一秒もかからない早業。
・・たしかに、こいつは神様なんだろうな。
口から溢れんばかりに飯を詰め込んで咀嚼する神様の顔は、こちらが見ていて恥ずかしくなるくらい幸せそうだった。
「美味い!!マジ美味い、KK。天才だな」
「火は噴かなかったが、イケるだろ?」
「火噴かなくても美味く出来るんだな。俺、感動したって」
多少俺は嫌味のつもりで言ったんだが、口いっぱいにオムライスをほおばる神様にはそんなこと関係ないようだった。
こうまで気持ちよく食ってもらえると、さっきまでの疲労感もどこかへすっ飛んでしまう。
落ち着いて食え、と言ってやったが、もちろん効果などなく、あっという間にオムライスはすべて神様の腹の中に納まってしまった。
「ふう、美味かったー!サンキュー、KK」
スプーンを放り出して、神様は満足そうに笑った。
食った食ったといいながら、食後の麦茶を遠慮なくごくごく飲んでいる。
さて、仕事の最後の仕上げだ。
「おい、神様」
「なに?」
「それじゃ俺の仕事は完璧に終わらねえよ。」
「え?」
「最後に一言、言うことあんだろうが」
その言葉で、神様は俺の意を汲んだようだった。
にやりと笑って手を合わせ、大きな声で言った。
「KKさん、ごちそうさまでした!!」
「よし!」
望んだとおりの言葉に、俺は思わず手を叩いた。

今日に関しては、仕事代も時間外勤務代もいらねえよ。
その仕上げの言葉が、今日の飯代だ。

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