「サスケ様、お帰りなさいませ。」

ズラリと並んだ使用人達の間を悠々と闊歩するは、うちは家の次男である。
うちはの次男は率直に言うと端正な顔立ちをしている人間だ。うちは家始まって以来の美形だと言っても良いかもしれない。
漆黒の髪色に凛とした強さを放つ黒ダイヤの瞳。きめの細かい、日本人にしては白いが健康的な肌。モデル並に長い手足に細い指先。小さな顔にそれぞれ整ったパーツが見事に置かれ欠点所がないくらい格好いい。ついでにスポーツ万能、成績優秀の金持ち坊っちゃまなんてくれば日本界を代表する美少年だと言っても過言ではないだろう。

しかし下級使用人のナルトは残念ながらこの美少年がものすごく苦手……というよりむしろ嫌いなのである。一体どのくらい嫌いかと問われれば、迷いなくこの地球上の生物の中で一番近寄りたくない奴だと叫びたくなるくらいにはその美少年を毛嫌いしている。今もこうして彼と目を合わさぬよう必死でうつむいているのもその理由につくのだ。

「ナルト!」

だだっ広いホールに声が美しく響いた。言わずとも主人の声でありナルトは思わず体を固めた。鼓動と冷や汗が止まらない。
うちは美少年は大量の使用人の中に紛れ隠れたナルトを的確に見つけ、そこに向かって既に歩きだしていた。そんなサスケの様子を肌で感じながら、ナルトは歯噛みしながら器用に舌打ちをしてだるそうに床を見つめる。既にお腹が痛いし頭も痛いのは先ほども説明した通りズンズンと自分の方へ向かってくるうちは家次男坊が嫌いだからであって、そのナルトの体調までもひどくさせる諸悪の根源の奴の名もサスケ様である。頭の中で奴に「様」と付けるだけで寒くなるナルトはどこまでも幸が薄い。あんなバカに様なんて付けたくないのに、主人の血が流れるサスケにはかなわない。
畜生そんなことよりなんで俺の居場所が分かったんだ。一応(すごく不愉快ながらにも)お辞儀はしていたから顔だって見えなかったはずだし遠くならなおさら見えないはずなのに本当になんでなんだ。才能か。一番目立たない場所に立っている俺をすぐに見つけることだけは秀でて一級品だ。

上物の靴をカツカツと鳴らせながらサスケは近づいてくる。歩き方まで威厳があり益々男らしい。そこがまた嫌味であり腹立たしいのであるが。嫌そうな顔をするナルトの前で止まると、上から無駄にいい声で彼によびかけた。

「顔上げろよ、ウスラトンカチ」
「……………はい」

なにがウスラトンカチだ!なんて頭をかきむしりたくなるのを我慢し今すぐ逃げ出したい衝動をぐっと堪えて仕方なしにナルトはうんざりした顔を隠せないまま面を上げた。キリキリと痛む胃痛は治る気配を見せない。くそ、ムカつくくらいイケメンで更にムカつく。

「今朝ぶりだな、ナルト」

ナルトの顔を見るなり、それだけでも嬉しいのかそっと微笑んだ。何故その笑顔を少しでも女の子に見せてやらないんだろう、勿体無い。とナルトはサスケを眺めながらぼんやりと思う。サスケはナルト以外に笑顔を見せたことがないのだ。
本当に勿体無い。

「何でしょうか。さ、さ…サスケ、……サマ」

ゾワゾワと肌が粟立つのを体中で感じながら、ナルトはサスケから目をそらした。脳内でちゃちな音楽と共にレベルアップした音を聞く。ちゃららーちゃらーちゃらっちゃらぁぁん!ナルトはレベルがあがった!ナルトは我慢して嫌な奴にも様付けするをしゅうとくしたが、どうじに大切な何かをうしなった……なんて、ああ、オレは我慢強さを手に入れたかわりに変態に立ち向かう勇気を失ったのだろうか。悲しきかな大人への階段、かけあがる度にオレの美しい心は薄汚れていく。
いよいよおかしくなり始めた脳内に律義なツッコミをしている中、目の前の美男子は眉を寄せ始め不満そうな目を向けてくる。ナルトのこめかみの血管は既にぶちギレてしまいそうだった。自分のことは棚に上げてその目はない。
だってサスケのナルトに対するセクハラの方が絶対異常なのだ。もう度を越した愛情というかなんというか、史上最凶のストーカーみたいなもんである。よほど訴えてやろうかと思ったが、そんなことをしてもうちは家の財力で簡単にねじ伏せられてしまうので意味がない。精神の気丈なナルトがここまで壊れてしまうのも、うちは家次男の彼の言動や挙動が全て原因だというのに、世の中理不尽にも程がある。それにこのサスケ、昨日はナルトの住み込み部屋に風呂場と脱衣所に隠しビデオをつけていたらしい。風呂に入ったナルトが異変を感じ電球の死角調べたら案の定、そこには小型カメラが設置されていた。先日風呂に入ったナルトを見計らってサスケが侵入しかけたのを機会に、タオルを巻くように心がけいたのがせめてもの救い。危ないところを晒すまでにはいたらなかったのが、不幸中の幸い、地獄に仏サマである。だがナルトはその後ゲッソリだった。

正直カメラの件はもう良い。大事には至らなかったから水に流してやっても良いとさえ思っている。
ナルトは何より、己のパンツを返して欲しかった。勝手にお前のパンツと入れ替えてるんじゃねぇよ誰がはくかお前のパンツなんざ、と思うのは普通ではないか?いっそあのすかした顔面殴りたいドラム缶の中に入れてコンクリートつめてしまいたいと思うのはおかしいのか?犯罪者になってでも彼をこの世から葬りたいと思うのは異常なのか?

とにかく、ナルトは社会人らしく謝った。スマイル0円とはよく言ったもの。全てはビジネスの為なのだ。

「申し訳ありません、乱心していました」
「いや、構わないんだが……そんなことよりナルト、どうしてお前はいつも端にいるんだ?恥ずかしがってちゃダメだろう」
「……ああ、えっと、サスケ様のお姿があまりにお美しくて。お顔を拝見出来ないだけでございます。だからサスケ様、俺のことは気にせず大広間へ行ってらっしゃいませ」
「ふふ、照れるじゃねーかウスラトンカチ」
「何故そこで顔を赤らめるのです?」

さりげなく『てめぇの面なんざ見たくもねぇからとっとと何処かに消え去りやがれ』という意味合いの言葉を吐くナルトに対して、全く気にせず言葉を続けるのは脱帽ものである。彼は都合の良い返事しか聞かない男だ。

「恥ずかしがるお前もまた可愛らしいから許すが、でも俺は言ったはずだ。お前は玄関の真ん前で待っていろと、あれほど!『お帰りなさいませサスケ様、ご飯にする?お風呂にする?それとも…オレ?(頬を染めながら上目使い推奨)』と言わなきゃ駄目だって言っただろう。あと前にも言ったが何故メイド服じゃないんだ?折角超一流のロリィタ店舗でお前の体型にピッタリ合うように服をこしらえさせたのに勿体ねぇ」
「……………」

駄目だこいつ。

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リゼ