「……なあナルト」
「何でございましょう」
「そんなあからさまに逃げなくてもいいだろ」

苦笑するサスケに言われてハッと気付けば、ナルトはサスケから出来るだけ離れるようにドア側に寄りかかった体勢になっていた。車に連れ込まれる度、狭い車内を良いことに身体中まさぐられたり膝枕強要されたり頬擦りされたりの連続だったのでサスケが何もしない今でも条件反射として体が記憶していたようだ。

「申し訳ございません。使用人としてサスケ様にこれ以上不快な思いをさせないよう最低限の配慮をしただけなのです」

勿論嘘だ。

「遠慮しなくていいっつってんだろ」
「はい」
「……それに未来の夫に対して恥ずかしがりすぎだ」
「……はぁ」
「まあ、可愛いからいいけど」
「……そうですか」

無邪気な笑顔のサスケに毒気を抜かれたのか日頃浴びせるトゲの籠った言葉もとうとう言えずナルトは微笑を浮かべることにした。普段の無駄なペッティングがなくなったかわりに言葉責めされてる感がどうも否めないが、触られるよりずっとマシだ。真面目な顔で言われるのは珍しいので流石に恥ずかしくなってくるけれども……。
向き合って微笑む若き二人の図はおかしい点(※どちらも同性です)がなくもない。でも、これまで二人が顔を見合わせる場面の中では一番平和的でたちまち和やかな空気が車内に広がった。
相変わらずサスケの好意は受け止められないけどもしかしたら前より上手く対応も理解も出来るかもしれないなぁ、なんて空気に毒されたのかナルトはポジティブにも思い始めたのもこの雰囲気に流された結果だ。

……が。
ナルトが少し、ほんの少しだけサスケの笑顔にほだされそうになったまさにその瞬間である。



「うおっ!?」
「……っナルト危ねえ!」

まるで急カーブのような遠心力が働き、いきなりの振動に身体はついていけずナルトはサスケの懐に飛び込んだ形になってしまったのだ。どうやら運転の上でミスがあったらしい。幸か不幸かサスケが身体を張ってくれたのでナルトに痛みはなかった。

「大丈夫かナルト!?あ、触っちまったけど怒んなよ……おい運転手危ないだろ」
「も、申し訳ありませ…」
「……与えられた仕事も満足にこなせねえとは。母さんと兄さんが甘いからっていい気になってんじゃ……」
「うあ、えっと、サスケ様!」
「……ナルト」

運転手の震える声を聞いてナルトは瞬時に悟ったのだが、恐らくこの運転手はサスケ様のあまりのギャップに驚いて手元を誤ったに違いない。普段のサスケはナルト以外に対して平等に冷酷で全くの無関心だ。こんな野郎の優しい声を聞いた暁には必ずビビるに決まってるのである。
(ていうかそれどころじゃないってばよ!)
サスケは自分に関係する事柄についてだけは神経過敏だから、日頃無関心な使用人に対して恐ろしく無慈悲な処置を取る。今回も例外なく何かしでかすはず……だから俺は今すぐにでも運転手さんを助けなくてはならないようだ。解雇された人間か逆恨みされて道端で刺されるのは勘弁願いたい。

「俺は大丈夫ですからどうか許して下さいませんか?運転手さんも落ち着いてください、運転に集中しましょう、ね?」
「お、おいなんでこいつをかばうんだよナルト!」
「運転手さんもわざとではないようですし、今回はどうか目をつぶってくださいサスケ様!お願いしますってばよ」
「……………」
「(え?なんか空気が痛くなってる?)」
「……………ナルトォ」
「は、はいぃ!」

解雇される人間から恨まれたくないと必死に弁護をすればするほど、サスケの表情は不信で歪んでゆくのが分かる。これは怒ってやがる。怖い。でもなんでだ。ナルトは判決はいかにと被告人のような気持ちでサスケの言葉を待つ。

「……お前……」
「……サ、スケ様……?」
「…………お前、この野郎と浮気したのか……?」
「……………は?」

ウワキ。うわき。UWAKI。

「だからこの糞運転手と付き合ってるからかばうんだろう!?なあ!?」
「……えええええ!?ちちち違いますよそんな付き合ってるって、浮気って、全くのごご誤解ですってばよぉ!」
「俺というものがいながら……!」
「あの、何百回言ってるか分かりませんがサスケ様は付き合ってすらいませんからね!?」
「俺はこんなに尽くしているのに……!」
「ああ!なんで日本語しゃべってんのに話が全く通じないのですか!ていうか苦しい!すごく息苦しいですそろそろ離してってば!どさくさに紛れて抱き潰さないでくださいぐえええ死ぬぅぅぅ」

この後、ナルトの説得の甲斐あってサスケはようやく納得したのか、ぶつぶつ文句を言いながらも今回のことは不問にしてくれた。
ちなみに、事件からずっとサスケに抱きしめられライフポイントが尽きたナルトは、下車の際もしめたと言わんばかりのサスケによって抱えられ悠々と車から降りることになった。すぐに降ろすよう要求したのは言うまでもない。


「やっと……着いたってばよ……はぁ……」
「なんでそんなに疲れてるんだ?」
「…………」

そうですね。たいした距離乗っていたわけでもないのに何でこんなに疲れるんでしょうね。本当におかしいですよね。まあほとんどサスケのせいなんですけど。
早くも友人宅に逃げこみたい衝動に駆られているナルトだったが、そこはため息一つで我慢することに決めて早速自分の部屋でゆっくり休もうと考えた。サスケと共に暮らすにはまず精神力と体力の回復が先決だからである。
しかし、その元凶サスケが「せめてもの反省の意を込めてナルトに見せたいものがある」と間髪入れずナルトの手を引っ張り歩きだしたからたまらない。車に乗っただけなのに異様に疲れているナルトは抵抗らしき抵抗も出来ず引きずられることになった。本当はサスケの善意を丁重に断りたかったが、嫌な予感しかしないサスケの行動さえ回避することが出来ない程疲労困憊していたのだ。
さて、どこまでも自己中な次男様に連れられた先はどう考えても一使用人レベルの人間が使うべきではない豪華な部屋の前であって。おいちょっと待て確かこの部屋……。

「あの……こちらは確か」
「俺の部屋の隣の部屋だな」
「そうですよね」
「で、」
「はぁ」
「ここをナルトの部屋にしようと思っている」
「……………」

振り返って心底嬉しそうに笑うサスケの顔を見て「今日はサスケの子供みたいな顔をよく見るなぁ厄日かもしれないってばねぇ」と現実逃避をはじめるナルトは稀に見る不幸そのものだが、彼のストレスそのもののサスケはナルトの状態をつゆとも知らず更なる追い討ちをかけに口を開いた。

「ほら、将来の伴侶を寮に入れておるのはどうも酷いと思ってだな……雇った時から思っていたんだが如何せん父さんが厳しい。なかなか許可がおりなくて、でも今日からやっと恋人らしいことが沢山出来るなぁナルト!ほんっとに良かった」
「……はぁ…いや…いやいやいやいやちょっと待ってくださいってばよ……貴方本当に反省しているんですか?俺先程のサスケ様のハグに疲れて死にそうなんで冗談止めてマジで」
「反省してるに決まってんだろウスラトンカチ!俺だって……む、無理矢理とか絶対しねぇしさ、部屋は部屋で隠しカメラも盗聴もからくりは一切無しandプライバシー保護完備の立派な部屋を用意しているんだからな。しかも恥ずかしがり屋のナルトのために相部屋は止めてるし、かなり譲歩してやってると言って良いぜ。それとも寂しいのか?」
「……つ、ツッコミたい所が沢山すぎてあれですが、どうしてうちはご当主様はこんな大それた事をお許しになったのです……?」
「ん、知らないのか?」

車の件でナルトは既にキャパシティの限界を感じていたというのに、サスケという男はナルトの神経を削るのによほど余念がないと見える。心なしかげっそり気味のナルトを引き寄せ、慈しむように髪を撫で耳元でそっとある爆弾を投下する様子は鬼畜に値するが、生憎本人は純度100パーセントの好意であり自分が考える二人の幸せだった。


「……兄さんがうちはの跡を継がないことを理由に自ら行方を眩ませた。だから俺が次期うちは家当主だ。これからはある程度わがまま言っても許される身分みてえだぜ?」


嬉しいだろ喜べウスラトンカチ、と囁く悪魔はただただ無邪気に頬を染め愛しい人間の手を取り、自身の用意した部屋へ招き入れようとしている。そしてこれから恋人と甘い一時をいかに長く有意義に楽しむかだけに集中しているサスケだが、まさかその恋人が自分との隣部屋を全く喜んでいないばかりか自分を恋人として認めていないことなんて疑っちゃいないのだろう。
一方フリーズ中のナルトは「どんな悪条件の仕事でもこのお坊っちゃまの世話より幾分マシなのではないか」と半ば自棄になって悟りはじめていた。




 
つづく……?

[*前] [次#]

リゼ