うちはサスケは落ち着くことのない鼓動に悩みながら一途に想い人を待っていた。
そのサスケの手にはなぜかチョコレート。

今日はバレンタインだ!

その装飾を施された手の平サイズの箱の中には小さい生チョコが入っていた。いびつに転がっているであろうそれはまごうことなき自身の手作りで、そして渾身の力作でもあった。彼は甘味物は苦手な傾向にあったけど、それにもかかわらずバレンタインデーに挑んだ。自分の全く好みでない甘く可愛らしいチョコを作り、サスケは無関心であるはずの他人に渡そうとしている。ちょっと、というか全くサスケらしくない。

つい彼らしくもないと言ってしまったけれど、そう表記した理由も勿論ある。いつもの彼は世間や他人に無干渉だったし、それゆえに無関心でもあったのだ。少なくとも世間一般の目から見ると彼は物事全てに消極的でまるで協調性がない。幼少期の血生臭い思い出のせいか無邪気さのかけらもなかった。既に世のことわりを悟ったように冷視している。
しかし世界を卑下するようにたたずむ彼を思春期真っ盛りの乙女はもてはやし心をときめかせたものだった。俗世を嫌う彼が俗思考の彼女らに崇高されるなんてなんとも皮肉である。まあ、女の子達の胸の高揚は至極当たり前だったかもしれない。
乙女達のプリンスうちはサスケは、嫌味なくらい恵まれた男だった。彼は、成績優秀、才気緩発、隠忍自重、そして眉目秀麗。俗に言う美男子である。
そんなクールでイケメンのサスケは、あろうことか一年で一番俗的で社交的な行事に自ら参加した。なんせサスケは恋をしていたのだから。遅い初恋。しかしまぎれもなく、それは恋だった。
その恋の出会いは班分け、恋のきっかけは事故、恋のときめきはその刹那。それはあまりにありきたりで、サスケの恋するまでの経緯は(つまりシチュエーションは)極めて平々凡々で何のドラマ性も色欲もない。
…だがしかし。幸か不幸か、うちはサスケの恋はまったくもってノーマルではなかった。普通ではない、全く普通ではない。ありきたりなはずの彼の恋はたった一つの真実によってアブノーマルな何かへと変わってしまった。一般常識やら何やらより、とにかく根本的におかしかったのである。
何事もそつなくこなしてきたサスケも、こればかりはどうしようもなかった。相手への特別な感情を自覚をした瞬間“初恋は実らない”という言葉を否応無しに思い浮かべてしまったほどなのだ。自覚した当初、サスケはその狂いようのない事実に苦しみ悶えて豪快に泣いた。そりゃあもう泣きまくった。泣いて泣いて泣きまくった。そして最終的に男らしく開き直った。

美男子サスケの初恋のお相手。

それはものすごくしっかりと完璧に、同性だった。





「ち、ちくしょうっ」

ベンチで待ち続けて早2時間。サスケはお目当ての相手と遭遇出来ずにうなだれていた。

(つ……辛い、)
というか、かなり、辛い。

人付き合いをせず当然人を待つという行為をしたことがないサスケは、久しぶりの心細さに顔を歪めていた。同じ場所に2時間近くも居座り続けるのはやはり恥ずかしい。通りすがる人々の視線が痛いし、とにかくとても気恥ずかしい。自分がとてつもなく痛い人のような気さえ思えてくる。頼むからほうっておいてくれ。オレに構わないでくれ。空気のように扱ってくれ。ていうか空気読め、いや、読んでください。オレの胸中を察してシカトしてください。
(……あ、あのクソガキまた見やがったなマジで殴るぞこんちくしょう「うわぁあの人まだあそこにいるの」みたいな目で見てんじゃねぇ死ねよ死ね。ああもう、)

「…ウスラトンカチのバカヤロッ!」

ちなみにウスラトンカチとはサスケの愛する男子に、彼が勝手につけた愛称である。
そのサスケの想い人であるウスラトンカチ、本名うずまきナルトは一風変わった風貌の持ち主だった。健康的に焼けた肌こそ一般と変わらなかったが、体毛は明るい黄色。その細く軽い髪の毛は短く切り揃えられ、軽さゆえに無造作に跳ねていた。金色のまつ毛に覆われた目は一重の割にクリクリとよく動き大きく丸くて、そこからこぼれ落ちそうな瞳は透ける青。サスケと真逆とも言える外見。

とにかく、サスケの想い人は他の人と違って異色だった。その目立つ面立ちをしたナルトを見つけるのは容易い。それに恋するサスケはずっとナルトだけを見ていたので、その事実は更に質を増す。今では、遠くでもナルトかそうでないかを見分けるくらい造作もないのだ。しかも、サスケの待っているこの場所は想い人が必ず通る帰り道。ここで待っていたら絶対ナルトにチョコレートを渡せるはずなのだ。

(それなのに…!)

サスケはギリリと歯噛みした。
…それなのに、何故あいつはここに来ないんだろう。何故あいつはここを通らないんだろう。こちとらこんなにも健気に待ち続けているというのにこの仕打ちはあんまりじゃないか。恋を自覚し勇気を出して告白しようと思ったのにこれじゃあ骨折り損だ。悲しいし悔しいし、自分がひどく滑稽である。

だからサスケは怒鳴った。どうしようもない寂しさを紛らわせるよう為にサスケは思いっきり吠えた。
しかし孤独は深まるだけで、心には脱力感と虚無感しか残らない。からりと晴れた冬空の中、サスケの声はよく響きカラスが脅えて逃げていった。



気付くと太陽はとっくに沈み辺りはぼんやりとした薄暗い空気に包まれている。でもこんな時間になっていてもナルトはまだ通りかからない。オレがここへ来る前に家に帰っていたのかもしれない。そう思って家の方を見やっても蛍光灯の明かりは付いてはいなかった。
「…帰るか」
まだ何もしていないのに心には巨大な敗北感。頑張って作ったチョコも一晩かかって考えた告白も何もかも空回ってしまった。自分がいたたまれない。サスケはうつ向きながら早足で自宅へと急いだ。涙をこらえて歩く、歩きながらナルトのことを考えた。

もしかしたら、とサスケは思った。もしかしたら、ナルトは女の子に本命チョコレートを貰ったのかもしれない。そしてそのチョコレートに答えて女の子とデートをしているのかもしれない。
なんてことだ。自分はナルトにチョコを渡すことしか考えていなかった。そうだ、あの金髪の彼が今日を境に男になる可能性は十分にある。サスケと違いナルトは明るく社交的で人気者だった。美形とは程遠いが愛嬌もあり、無邪気な笑顔はなかなか可愛らしい。魅力的な外見に加え性格もそれなりによろしい。そんなナルトを女子が放っておくだろうか、いや放ってはおかないだろう。女友達も多い彼のことだから、今日のような日に女の子から告白されても何らおかしくはない。
こらえた涙で視界がぼんやりとする。まるで家族を失ったときのような、大げさだと思われるだろうがそんな気分だった。

だからこそ自分の家の玄関を見たとき、傷心だったサスケは心臓が止まりそうになった。それはまさかのドッキリだった。出かかっていた涙も引っ込んだとも。これは夢なのだろうか。
なんと玄関の前にはサスケが今日2時間ほど待ち焦がれていた少年。つまりサスケの想い人が目の前におりなさった。

「あ゙ぁ゙ああ゙ざずげぇえ゙え!!」

玄関前で座りこんでいたうずまきナルトはサスケを見つけると瞬時に立ち上がり抱きついた。
いや訂正しよう、渾身の力を込めて、タックルを、した。
平均より背は低めで線も細いナルトはそれを補うように運動神経は抜きんでて素晴らしい。その秀でた素早さと持ち前の足の速さで襲いかかるうずまき少年に、サスケは一瞬恐怖を覚える。そんなサスケの予想通り、二人は仲良く固いコンクリートの上に倒れこんだ。自分の体重プラスナルトの体重プラスナルトの突進してきた速さ、イコール超痛かった。いやマジで痛い。

「ぐぅ、て、てめぇ!いてぇじゃねぇか!」
「うごぁあ゙あ!こんのバカッバカバカバカザズゲェ!」

尻と背骨の痛さに顔を歪めながら抗議の言葉を吐こうとするサスケよりも早くに、ナルトは声を張り上げた。

「おまっお前どご行っでたんだぁあ゙あ!こっ怖いっつの!ここメチャクチャ怖いっつのぉ゙お゙!!もうずっと待ってたんだぞオレ!おっオレってばがっごー終わってからメチャクチャ走ってここに来だのにぃい!そしてずっとずっと待ってだのに゙ぃい!」

大声で怒鳴り男らしく泣き叫ぶ想い人。相対してその手には可愛らしく包まれたピンク色の袋が握られていた。

チョコレートだ。



困惑するサスケ。
あまりのアンビリーヴァボーな言い様に目眩もした。そして停止しかかっていた脳の活動を呼び覚まし働かせる。

ということはだ。
ナルトが家に帰らなかったのはつまり自分を待っていた結果であり、両者そろって待ち呆けていたということで。直ぐに此処へ来たということは、女の子からチョコを貰う時間を作らなかったという事実を含んでおり。ではその握られた袋は何かというと、勿論女の子から貰った代物ではないわけで…。
「う、嘘だ…」
「なぁにが、『嘘だ…』だってばよぉこのバカが!オレってばサスケに!サスケにコクハクする為にチョコ持ってきたのにっ!なのに!てめぇは何女の子からチョコ貰って帰って来てんだってばバカ死ねぇ!」 
サスケの想い人は般若の如く目を吊り上げて拳を突き出した。もう片方の手にはチョコレートが入っているだろうしわくちゃの物体が揺れている。殴られて痛い。
いやそれどころではない。殴られながらうちはサスケは内心歓喜にうち震えていた。つまりこの愛しいウスラトンカチは自分に告白する為に相手を想い待ち続けていたのだ。これは夢なのか、いやこれは現実だ、今はもう殴られる度に痛む体がひどく喜ばしい。
あ、サスケの名誉のため断っておくが彼は決してマゾ気質なわけじゃない。
しかし何故かネガティブな方向に誤解されているので、ここで訂正をして置こうとサスケは息を吸った。

「…これは貰ったやつじゃない、オレの手作りだ、今まで好きな奴を待っていたんだ」

きっぱりと答えると、サスケにパンチを繰り出していたうずまき少年はぴたりと攻撃を中断し悲しそうに眉をよせる。その表情を読み取りうちは少年は確信した。自分の恋がめでたく成就することを。
初恋は実らないなんて嘘だった。そんな馬鹿馬鹿しい戯言を世に送りこんだ愚者に会心の一撃でも喰らわせたい、そして笑い飛ばしたい。 

「ずっと待っててもそいつは来る気配ないし、仕方ないから今戻って来た。」
「そ、そうだったんだ」

それは悪かったな、と呟いて退こうとするナルトの手を掴み、サスケは言葉を繋げる。
逃げんな、バカ野郎。

「そしたら、家の前に渡す相手が居やがった」

一呼吸置いてお前が好きだと言い放ち、愛する者の手に自分の愛と勇気の結晶である小さな箱を手渡した。途端ナルトの目は大きく見開かれて数秒のち涙によって小さく歪む。
「オレも好きだ」という言葉がかろうじて聞こえたかと思うと、あとは全て嗚咽でかき消えた。

「泣くなよ、ナルト」

相変わらず表情の豊かな奴だとサスケは微笑み、ずっと触れたかった愛らしい唇にそっとキスを贈ったのだ。




リゼ