サスケの死亡描写を含みます。





把握出来るのは目の前に見える黄色い頭だけだった。
ぼやけて周りが良く見えないけれど、馴染みのある透けた黄色は妙に浮いて見えていた。…ナルトだ。俺の近くにナルトがいる。いつもそっけないナルトが近くに、なんでだ?いや、それだけならまだしも、そのナルトがあろうことか泣いている。表情はインクのように滲んで読み取れないが、なんだか泣いているように見える。いや、しゃくりあげた声が聞こえるからおそらく泣いてるのだろう。ナルトは頭を揺らして、確かに泣いていた。

それを見て一番初めに、何で泣いてんだよ、と思った。こいつはめったなことじゃあ泣いたりしないし、弱音なんて吐いたりしない強い男だったから、そう思うのも当たり前だよな?だけど、ナルトの唇(らしい動きをする、ぼやけたもの)が「サスケ、サスケ」とたえまなく動いているのを見て、ああ泣かせているのは俺なのかと気付いた。

途端すごく奇妙な気分になる。

(こいつ、何で俺を呼んで泣くんだ?)(俺は一体何をした?)(ナルトを泣かせるようなことをしちまったのか?)(何だったっけ)
(………ああ…そういえば、)

そういえば、少し前に腹をえぐられたような気がする。かなりの深手であったというとも、俺はなんとなく気付いていた。もしやナルトが泣いているのはそのせいなのだろうか。
しかし、それが原因なら尚更おかしい。だって俺は今、やられたはずの腹に痛みがないんだ。出血が激しくて腹に響く鈍痛もかなりのものだったのに、今は、微かに腹がうずくだけなんだ。そうか、サクラが手当してくれたのかもしれない。あれ、そういえばサクラは今回の任務についていたんだっけな?救護班さえいたのかどうかも知らない。俺達には知らされていない。救護班、いたのだろうか。それよりもまず、これはどんな任務だったんだろうか。何か途方もない任務を言い渡された気がしたんだが、もう俺には分からない。頭が回らないし、全く忘れてしまった。
まあいいか。どうでも良いことだ。少なくとも救護班は確かにいたはずだ。証拠にすごく気分が良い。

なあナルト、なんでお前泣いてんだよ。お前の泣き方は毎度、鼻水たらしてぐちゃぐちゃでみっともねえんだって。男泣きも度が過ぎるとおかしいもんなんだぜ。想像しただけで笑っちまうじゃねえかよ、ウスラトンカチ。だから泣くな。泣くなって。なあ。

……なあ、俺は大丈夫、ナルト。大丈夫だ。ただ、そうだな、眠いだけで、唇が上手く動かないだけで、気分はすこぶる良い。誰かが手当してくれたんだろう。全く辛くないんだ。もしかして手当してくれたのはお前なのか。だったら嬉しいんだがな。ともかく、腹は痛くないんだ。
だからナルト、俺の頬を叩くんじゃあない。手加減してるのか知らないが痛くないんだよ、馬鹿。眠いだけだって言っているだろ、心配症にもほどがあるぜ。

眠いんだよ。眠たいだけだ。だのに必死に目を開けろだなんて叫んで、縁起でもねえ。まるで今にも俺が死にそうな勢いで言いやがって、この俺が死ぬわけねえだろう。目も、さっきまで開けていたじゃないか。いい加減察しろ、俺は眠いだけなんだ。お前を置いて死にゃあしないから安心しろよ、ナルト。なあだから邪魔しないでくれ。分かってくれるだろう。眠くてまぶたが上がらないだけなんだ。多分これは寝たら治るんだよ。そうに、決まっている。

あと、今なら良い夢を見れそうな気がするのも少しあるんだ。ちょっと眠ったら起きるから、待ってて。
そしてナルト、俺が起きたら先程のようにキスをしてくれよ。今さっき唇に落ちたあの感触はきっとお前の唇の重さなんだろう。涙で濡れてたぜ。やけに塩辛いし。
それとも違うのかな。感覚が鈍っているから気のせいかもしれない。思えば、お前が俺にキスなんてあり得ない事だった。全くあり得ないな、ああ、本当馬鹿だな俺は。でも都合良くそう思うことにするよ。そっちの方が嬉しいし、別にそのくらい良いだろう。伊達に片思いしてねえよ。

いや、キスをせがむ前にお前に想いを吐き出した方が良いのかもしれない。俺はまだお前に伝えていないことがあるんだが、この眠りから目が覚めたらきちんと言ってみようか。それで俺は、やっとお前と向き合うことが出来るのだ。


いよいよ眠くなってきた。一度寝るよ、ナルト。起きたら、ちゃんとお前に言うべきことを伝えよう。

大好きなナルト。
ちょっとだけ、おやすみ。



――――



施しようがない。それは誰が見ても一目瞭然だった。瀕死状態とはこのことを言うのだろうか。とにかくサスケの身体は奇妙に曲がっていた。ねじれた箇所は故意によるもので、普通ならまっすぐに留まっているはずの足は不可解な方向に投げだされている。脊髄も圧迫されてもう下半身は使い物にならないだろう。腹からの出血も酷い。しかも嫌なことは立て続けに起こるもので、此処には医療忍者が派遣されていなかった。傷ついた忍を助ける者はいない。この危険な戦闘地区には攻撃専門の忍しか配置されていないのだ。何故、医療忍者がいないのか。流石に頭の悪い俺でも悟った。俺達は捨て駒なのだ。

俺は不器用で医療忍術も何も使えないから、せめて止血しなければと汚れていない布をサスケの腹に巻き付けて、ただただサスケの名を呼んで頬を叩くことしかできなかった。此処は激戦地区。最初から人出が足りなかったから、仲間にかまっている暇はおそらくない。
だけどそんな、ほっておくことなんて、出来るわけないじゃあないか。サスケの馬鹿野郎!もう本当に必死に、泣きじゃくりながら力を込めてサスケの綺麗な頬を打った。起きてくれ、死なないでくれ、と願いを込めて。腹から血が沢山出ていたにもかかわらず、たちまちにサスケの頬はほんのり赤になった。毛細血管が切れたのだろう。サスケの頬は血を巡っていないくせに痛々しく腫れた。普通なら痛みで起きている。起きても良い頃合いなのに。
しかしサスケはほとんど反応を示さない。まぶたを開けたその奥は焦点の合わない虚ろな目で、俺の大好きな黒い瞳はなかなか自分をとらえてくれない。髪を撫でてみても反応は皆無だ。息も浅い。身体が冷たい。唇が青だ。死人みたいだ。畜生、冗談じゃない。早く起きてくれよ。起きてくれたっていいじゃないか。こっち見ろ。俺を見ろ。見てくれ。もう辛くて辛くて、驚くくらい涙が出た。しゃくりあげながら、サスケ、サスケ、といくら呼んでも、サスケは返事をしない。俺の声が聞こえていないのかもしれないと、そう考えるだけで泣けてくる。涙でサスケの顔が歪む。
知っているさ、知っているとも。こいつはもう助かりはしないことくらい俺は前から当に知っていた。こんな酷く負傷して、おまけに医療班だっていない。でも医療班がいたところでこれはもう手遅れなのだろう。サスケの体は冷たくなって青白い。だから涙が止まらない。




ねえ、聞いてよ、サスケ。

俺はお前に、伝えなきゃいらないことがある。ねえ。大切なことなんだ。そろそろ言わなきゃいけないんだよ。
サスケ、お前が、好きだって。大好き。どうしようもなく、俺はサスケが、好き。
とうとう言わずに5年も経ってしまったけど、結局、お前には言わず終いだったけど、好き、大好き、サスケ。
ずっと女々しくうじうじ悩んでいたことに、今更ながら後悔してる。お前がこんな風になったからけじめがついたなんて、馬鹿みたい。なんて皮肉だろう。ううん、皮肉と言うより、ごめんな、気づくのがとっても遅かった。返事が聞きたかったけど、それはもう無理になっちゃった。本当嫌になるよ、サスケ。俺はいつも行動が遅いんだ。

俺は唐突に、震える手でサスケの頬をなでた。あんながむしゃらに打った頬が既に赤くない。
正常に動く己の手の平は彼の体温を察知する。血が失せたせいか、やっぱり冷たい。涙がぼたぼたとサスケにかかった。意識的に脈をとると、やはりサスケのそれは鈍く微弱なものでしかない。いつ止まってもおかしくないような、頼りない脈拍だ。終わりらしい。

もう本当に、お別れなんだね、サスケ。



「………サスケ」


端正な顔に、自分の顔を近づけた。
サスケは目を閉じていた。黒いまつ毛が薄いまぶたの端を丁寧に飾っている。とても寝ているようには見えなかったけれど、しかし、サスケはやはりサスケで、彼の顔は平常のように綺麗だった。

「俺、お前のこと、ずっと好きだったんだよ」

耳元で呟いて、俺は唇を、青いサスケの唇にそうっと押し付けた。しょっぱい味がするのは、多分自分の顔中についた涙のせいだ。



「おやすみ、サスケ」


よいゆめを。









 

リゼ