第8話一1ページ目
一一私と千歳様の《秘密の関係》が始まったのは30年前に遡る。 私と千歳様は古くからの知り合いで志を同じくする友人だったのだ。 翠堂家は代々《夜刀神》様の研究をしていた。 千歳様には《鈴白の森に囚われている先祖の魂を解放する》という目的があった。 私は目的達成の為に翠堂家が運営している地下研究所を借りると古代の時代から知っている子孫の研究員達と万が一暴走した時に鎮圧するための特殊部隊員を一気に集めると、研究が始まったのだ。 我々は《夜刀神》様の実験をしていた。 影巫女に相応しい少女達(大半が家出したり、幼い頃から養護施設に預けられている少女達だ)を実験体にしていた。 古代の神との交信が我々の議題だったからだ。 しかし…実験は幾度なく失敗した。


『あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!』
『被験者のバイタルサイン危険です!! 《夜刀神》様とのリンクが次々と途切れていきます』
『くっ…! また《拒絶反応》か…!!』


あの日は、3回目の試みだった。 先代影巫女は体に襲い掛かる痛みに耐えかねて発狂していた。 治療する為に遠距離ロボットを使うが、見えない触手によって叩き潰されてしまった。


『実験中止! 今すぐ機械を取り外せ!!』
『はっ! かしこまりました!!』
『ち、千歳様!! 今は危険です!! 暴走状態の《夜刀神》様は何するかわからな一一』
『うわぁぁぁ!!』
『『!!』』

先代影巫女が痙攣し、苦しんでいる様を見て思っての指示だと分かっていた。 しかし暴走状態にも関わらず《夜刀神》様の元に行かせるのは危険だと警告した瞬間一一部下の悲鳴が木霊した。

『《オノレ…! 我ヲ、侮辱しおって…! ユルサヌ…ユルサヌゾ!! 人間どもがァァァァ!!!》』
『伏せてくださいっ!!』
『くっ!?』


一部下は黒い触手に腹部を刺され、息絶えていた一
《夜刀神》様は怒り狂うと帯状の黒い触手を大量に作り出されると私と千歳様に向けて放ってきた。 咄嗟に千歳様を押し倒した瞬間に触手が入り込んできたが、私達を無視すると出口に向かって飛んで行った。


『逃がすな!! 追え!!』
『すぐに部隊を出しますっ!!』


警報のボタンを叩き割ると地下研究所内に警報のけたたましい音が鳴り響いた。 廊下に目を向けると黒い服を着た特殊部隊員が走り去って行くのを見ていることしかできなかった。


***


1台の車が早朝となった夜神町へと入った。 車の中では6歳の遊糸が後部座席で眠っていた。 父の睦月は運転席で運転し、母の雅は助手席で遊糸を起こさないように話をしていた。


『今日は楽しかったわね。 あなた』
『ふふ…そうだね。 喜んでもらえてよかった』
『また行きましょうよ。 今度は雨宮さんの所もお誘いしてみたら?』
『はは…! だとすると賑やかになりそうだ。 知ってるかい? 雨宮さんの所は先月娘さんが出来たんだって』
『えっ!? 本当!?』
『静かに。 遊糸が起きてしまうよ』
『あら…!』



雅は後ろを振り返った。 遊糸は寝息を立ててよく眠っていた。その姿を見て、雅は安堵の息をついた。
遊糸達は長期旅行から帰って来たばかりだった。 先ほど話に出た《雨宮さん》は付き合いの長いご近所同士で睦月と雅は仲良くさせて貰っていた。 夏の早朝ともあって、蝉の声は聞こえずとても静かな道のりだった。 睦月は雅の旅行での思い出話を聞きながらも運転に集中していた。もう少しで家に着くと思った瞬間一一帯状の黒い触手が車に急接近すると睦月と雅の体に入り込んだ。


「!!」
「一一」


帯状の黒い触手は睦月と雅の魂を喰らうと体から出て行った。 睦月は意識消失し、クラクションを鳴らし続けると、車はコントロールを失ってしまい目前に迫った自宅のガレージへと突っ込んでいった。 雅も魂を抜かれた為意識は無かった。


『ん…?』


帯状の黒い触手の襲撃から免れた遊糸は目を開けた。 何やら騒がしいと思えば、父がクラクションを鳴らしているようだった。


『父さん…? どうしたの?』


温厚で優しい性格の父が、意味も無くクラクションを鳴らすわけがない。 遊糸は疑問に思うと父の元に行き、体を揺らした。しかし返答は無かった。 違和感に気付いた遊糸はすぐに助手席に座っていた母に振り返ると体を揺すりながら言った。


『母さん!! 父さんが変だよ!! ねえ!! 起きてよ!!』


耳を劈くクラクションは鳴り止まない。 父と母は答えてくれない。 突然孤独に襲われた遊糸は泣きながら、父と母の体を揺らし続けていた。



一騒がしいことに気付いた近所の住人が事故している車を見つけ、警察に通報した一
警察よりも遊糸に辿り着いたのは、地下研究所の特殊部隊員だった。 隊員は睦月と雅の遺体を確認すると千歳に報告した。 千歳は隊員達に指示を出した。


『触手に魂を抜かれた親以外の子供を保護しろ』


隊員達は指示通りに泣き叫んでいた遊糸と同じく隣の家で触手に魂を抜かれ死亡した両親のすぐ傍で泣き叫んでいた赤ん坊の葵を保護すると地下研究所へと撤収していった。
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