第2話一1ページ


赤い光を点滅させながら、蛍が飛んでいく。 その後を私、氷雨、辰三郎の順で歩いて行く。私達の間に会話は無かった。目的地は同じなので無駄なことを話すつもりはないと思っていたのだが。


「疲れはありませんか? 長様?」


顔を少しだけ振り向かせると氷雨に微笑みながら問いを返した。


「案ずるな…氷雨…私は問題ない。 逆に私はそなたの方が心配なのだが…」
「心配には及びません。 ありがとうございます」
「なら、良い。 辰三郎はどうだ?」
「…氷雨様と同じくです」
「なるほど…私の友は頼もしいな」
「……」
「………」


辰三郎の持っている錫杖が、音を立てる。急に二人共が黙ってしまったが、おそらくは照れているのだろう。 それを言えば反論の嵐が返ってくるのは目に見えている。触らぬほうが賢明なのだ。
口元に笑みを携えながら、蛍の導きのままに歩を進めていると麓の近くに小屋を見付けた。 蛍は小屋に向かって飛んでいく様を見ていると辰三郎は鼻を動かし、私に報告した。


「あの小屋から女人1人と男人2人の匂いがします」
「…いよいよか」

辰三郎は鼻がよく効く。 獲物を探したり、人を探したりするのは辰三郎の得意としたものだった。 その辰三郎が決定的な言葉を言った瞬間一一私達の間に緊張の糸が張った。 私は氷雨と辰三郎を見ながら言った。


「氷雨、辰三郎……争いにならぬよう交渉するように努めるが…もしも…私の身に何かあれば…対峙することになるかも知れぬ。 それでも良いか?」
「構いません。 我々の優先事項は貴方を守ることですから」
「氷雨様の言う通りでごさいます…お任せ下さい」
「…そうか。 ならば…行くか」
「「はい」」

氷雨と辰三郎は私に頭を下げて言った。 2人の言葉を胸に刻み、私達は小屋へと向かって行った。


***



「ようこそ…お越しくださいましたね」
「………」


小屋を訪れて、私達を出迎えたのは優しげな顔をした男だった。名は『シュモン』。氷見子が鬼神様の予言で告げられたなと一致していた。
奥には帳が掛けられており、帳の向こうは見えなくなっていた。私は直感的に帳の向こうにいるのは『レイコ』だと悟った。『レイコ』を守るためなのか…傍には『チサト』が正座しており、私達のことを警戒しているのが見て取れた。
『シュモン』から渡された茶を見ながら、私は頭を下げながら言った。

「歓迎の茶を出してくれて感謝する」
「客人にお茶を出すのは当然のことですよ。気にならないで下さい」
「…長様…不用意に飲まれないほうが良いのでは?」


頭を上げると『シュモン』が人当たりの良い笑みを浮かべ、『チサト』の向かい側に腰を下ろした。私が茶を飲もうとすると氷雨が冷めた声で言ってきた。


「何を言っておるのだ? 氷雨?」
「毒が入っているかも知れませんよ」
「…失礼だぞ」
「私は…長様の身を案じて言っただけです」
「……すまぬ…『シュモン』殿」
「いえ…氷雨様のお言葉は最もだと思います」


氷雨の言葉遣いを注意し『シュモン』殿に謝ると彼は笑みを浮かべながら首を横に振った。
すると地響きが秋声達の足元から響いてきた。

『!?』

「レイコ様…!!」
「………」
(今のは…レイコがしたのか…? 一体どんな力を使ったのだ…?)

『シュモン』は帳の向こうに話しかけ、宥めているかのようだった。 秋声達の元に起きた地響きは真下を巨大な生物が通ったかのような振動だった。『シュモン』が申し訳なさそうにこちらを見ていると、『チサト』が低く呟くように言った。

「用件を言え。 『レイコ』様は気の長くはないぞ」
「…分かった」

突然起こった地響きに自身を落ち着かせた秋声は深呼吸すると、『シュモン』達を真っ直ぐと見つめながら言った。


「我らがそなたらの元に来たのはただ一つ。

私達の仲間となり、鬼巫女である氷見子と和葉を守るため…《鬼灯六人衆》を結成したいのだ…!!
どうか…そなたらの力を…我らに貸してはくれぬだろうか? この通りだ…!!」


秋声が頭を深々と下げると、氷雨と辰三郎も頭を下げた。 秋声の言葉に『シュモン』と『チサト』は顔を見合わせていた。
一瞬の沈黙が両者の間に流れた。秋声は少し頭を上げ『シュモン』たちの様子を伺おうとした時だった。


「信用できませんわ」
「!?」
「なっ…!? ぐっ…!!」
「……っ…」


帳の向こうから冷たい声が返ってきた。 『レイコ』の声だと気付いたのもつかの間のことだった。秋声達は巨大な力に圧迫されているような感覚に陥った。 突然のことについていけないでいると『シュモン』の慌てる声が聞こえた。


「おやめ下さい!! 『レイコ』様!!」
「黙りなさい。『シュモン』 これは私(わたくし)が始めたことですわよ?」
「くっ…!ですが…このままでは…!!」
「構いませんわ。 『チサト』…あなたもそれでいいわよね?」
「はい」

「くっ…!」
(このままでは…まずい…!!)

私は鬼の力を使い『レイコ』の力に反抗しようとした時だった。 私と辰三郎の頭上に氷の笠が現れた。

「《氷の息吹よ その音鳴らし 全て 凍てつかせよ 》」

氷雨の《雪女》の力が発動し、氷の刃が形成されると帳の向こうへと放たれた。 氷の刃は見えない力によって全て弾かれた。
『レイコ』は口元に笑みを浮かべると勝ち誇ったように言い放った。

「交渉決裂ですわね…!! これで、思う存分貴様らを八つ裂きにですわ!!」

「くっ…!! 氷雨!辰三郎! 散開しろ!!」
「追いなさい!! 『シュモン』!『チサト』!!」

秋声、氷雨、辰三郎はそれぞれ四方八方へと散っていった。 『レイコ』に言われた通りに『シュモン』と『チサト』は秋声達を置い始めた。
帳の向こうにいた『レイコ』は立ち上がると、その姿を表した。

「オホホホ…!! 久方ぶりの《人間狩り》は胸踊りますわぁ…!!」

黒い着物に豪華絢爛な装いをした『レイコ』は秋声が逃げた方向を見つめ、恍惚な表情をしながら呟くと獲物のあとを追い始めたのであった。

END
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